53.脱出
ワイバーンで荷物の如く運ばれた2人は、何処かの港に辿り着いた。
その港の一角で奴隷市場が行われ、船で国外からやって来た人間達に買われた奴隷はそれぞれの船に載せられて「輸出」されるのだと言う。
賢吾と美智子も奴隷市場の会場である、港の潮風で湿った木製の薄暗い大きな倉庫に運び込まれ、魔力を持たない人間と言う事でオークションにかけられ、人々の好奇の視線に晒され、かなりの高値で取り引きされた。
かなり腹の突き出た、顔も髪も脂ぎってアゴが下膨れになっている商人に買われた2人はそのまま大型の船に積み込まれ、船室の1つに縛られて閉じ込められてしまった。
「うっああ……お、おい大丈夫か、美智子……!」
「私は大丈夫。賢ちゃんは?」
「俺も平気だ。でも何とかして船が出る前にここから出なきゃな。船が出て海の上まで行ったらもう逃げ場が無いぜ!」
「そうね!」
このまま奴隷として売られる訳には行かない。
いや、奴隷ならまだ良い方で、何か実験生物としての扱いを受ける未来が待っているかも知れない。
そんな未来だけは絶対に避けたい2人は、まずこの縛られている状況をどうにかする事から始める。
「何か無いか、何か……」
グルリと見渡す船室は埃っぽくて臭く、そして狭い。
ボロボロのテーブルに乗っかったままの空き瓶やら食べ物のカスやらが散乱し、割れた空き瓶もそのまま床に転がしている様な環境はだらしの無い1人暮らしの部屋みたいな環境だった。
この独房みたいな場所から逃げ出す為に、地球からやって来た2人は頭をフル回転させる。
そして美智子が何とか立ち上がり、自分の手首を後ろ手に縛っているロープを欠けているテーブルの角で感覚だけで解こうとする。
「賢ちゃん、ロープの様子見てくれる?」
「お、おう!」
自分から見えない状況ではロープも上手く解けないので、こう言うシチュエーションで2人一緒に居るのは幸いだった。
「もう少し右、もうちょっと下……ああ行き過ぎ! そうそう、そこで引っ掛けて……上にずらしてそこで捻って……」
賢吾の声に合わせて腕を動かし、手ごたえを感じた美智子は素早くロープを解く。
「やった、解けたわ!」
「おい、声がでかい!」
「あ……ごめん! それじゃ賢ちゃんのも……」
元々料理や裁縫が趣味で手先の器用な美智子は、ロープを解くのは朝飯前。
そもそも美智子の実家は岩手の米農家であり、米俵や野菜の運搬で軽トラックを使う時に荷台にロープお荷物が落ちない様に縛ったり、降ろす時に解いたりしていた経験がここで役に立った。
その素早い手つきで賢吾のロープも解いた美智子だが、問題はここからだ。
「じゃあ次はここから脱出しなきゃね……」
「ああ。でも敵がどれだけ居るか分からないぞ」
迂闊に外へと飛び出すのは危険なので、まずは船室のドアに張り付いて外の様子を窺いながらゆっくりとドアを開けてみる。
「あれ、カギは掛かってない……あれ?」
「どうしたの?」
「ああそうか、元々これカギが無いドアなのか。でも駄目だ、チェーンロックみたいに太い紐でドアと壁が繋がれてるみたいだ」
カギが無いだけまだ良かったが、ドアを簡単に開けられない様に、もしくは奴隷として買い取った人員に逃げられない様にこうした即席のロックをしているのだろうと予想が出来る。
だがここで、このドアの様子を見た美智子がまたもや1つのアイディアを思いついた。
「ちょっと待って。あれが使えるかも」
「え?」
美智子は部屋の奥に歩いてそこでしゃがみ込み、何かを手に持って戻って来た。
それは床に散乱したままだった割れたビンの破片。
「こう言う所の詰めが甘いんじゃないかしらね……」
こう言う場所に閉じ込めるんだったら掃除しておいた方が良いんじゃないかしら、と呟きながら美智子は外に見張りが居ないかどうかに細心の注意を払いつつ、ナイフ代わりのビンの破片でギコギコと紐を切り始めた。
「切れそうか?」
「ん……意外と脆いみたい」
太いのは見掛け倒しだった様なので、呆気無い程ロープは簡単に切れてしまった。
「このロープ、何かに使えるかも知れないわね」
「なら持って行け。それじゃあ……行くぞ」
「うん……」
声を潜めて決意表明をした2人は、細心の注意を払いながらドアを開けて船の通路を進む。
大型船と言うだけあって船内は広いものの、まだ出航の準備をしているらしくバタバタと船員が走り回る音が色々な方向から聞こえて来る。
(結構居るみたいだな)
だったら大勢の人間にばれる前にさっさと逃げ出してしまわなければまずい。
通路を曲がり、時には物陰に隠れ、更には曲がり角で出会い頭に出会ってしまった船員の頭を鷲掴みにして壁に何度も叩きつけて気絶させる。
この状況で生ぬるい事なんてやっていられないのだ。
そう……この世界は地球とは違う異世界。今までのスポーツとしてやって来た日本拳法では無く、ロルフとの手合わせや盗賊団との戦いを通して感じた「実戦としての戦い方」をする事が求められる。
その為には躊躇せずに相手を潰さなければいけない度胸も必要なのだと、賢吾は船内を進みながら思っていた。