52.経緯
遊園地のジェットコースターは賢吾も美智子も嫌いな訳では無い。
しかし、安全ベルトがあるのと無いのとでは緊張感も恐怖感も大違いだ。
「うぐぉぉぉ……!!」
「うぇええ……ぶはぁ!」
これが飛行機だったらそれこそ快適な「空の旅」になっていただろう。
だが今の2人が乗っているのは飛行機では無く、シンベリ盗賊団の女頭目であるウルリーカ・シンベリが直々にコントロールしている大型のワイバーンの背中だ。
誤って落としてしまわない様に、そして逃げられない様にワイバーンの身体にロープでグルグル巻きに縛り付けられている。
地球で言えば、まるで軽トラックの荷台一杯に積まれてロープで固定された荷物の様相だ。
抵抗する事も出来ず、ワイバーンのスピードと揺れと風の流れに気分が悪くなる一方である。
「おいっ、俺達をっ……どうす……どうするつもりなんだよ!!」
吹きつけて来る風で喋るのも一苦労な賢吾が気力を振り絞ってウルリーカにそう聞くが、当のウルリーカはワイバーンのコントロールをしながら余裕しゃくしゃくの口調で答える。
「決まってるじゃないか、奴隷市場さ」
「はぁ!?」
「奴隷市場には裏の商人だけじゃなく、表の舞台で活躍している商人もやって来るんだよ。表向きは華やかな舞台で活動していても、他人には見せない裏の顔を持っている様な奴等がね」
そう言う奴等は金払いが良いから、とウルリーカはこれからの自分達の取り引きをイメージして思わず口元に笑みがこぼれる。
「私達は奴隷になんかならないわよ!」
「何とでも言えば良いさ」
美智子の叫びをウルリーカが軽くあしらい、ワイバーンは空を進んで行く。
こうなってしまったのはまず、あの坑道で賢吾が騎士団のメンバーとはぐれてしまった事から全てが始まった。
ウルリーカを倒してから出口へと向かって進んで行った賢吾だが、逃がすまいと彼女の部下が立ち塞がる。
あの広場に居た沢山の敵が、自分達のリーダーを倒して逃げる賢吾の後を追いかけて来たのだ。
まだまだ造りたてとは言え坑道の中は入り組んでおり、それこそ通路も至る所に繋がっているからこそ賢吾の前に回り込むのも可能だ。
どんなに強かったとしても数の暴力には敵わない、と言う事を思い知らされながらあっと言う間に捕まってしまった賢吾は、復活したウルリーカから強烈な往復ビンタを貰って縛り上げられる。
そして、あの広場で同じ様に縛られていた美智子の前に人質としての格好で再会したのだ。
一方の美智子は王都シロッコでウルリーカの部下に声を掛けられた後、そのまま袋詰めにされて拉致されてしまいアジトの1つの牢屋に入れられてしまった。
だが「魔力を持たない人間を捕まえた」と聞いたウルリーカの「いずれ騎士団が嗅ぎ付けて来る」との予想から別の場所に移動させて奴隷市場で売りさばく準備を始めた。
その移動途中で王都で活動させている部下達から騎士団が動いている情報をキャッチし、上手く尾行させながら情報を探る。
そして分隊が潰された事、分隊を潰した騎士団員達とは別にもう1人の魔力を持たない人間が居る事、その人間は魔力を持たない「美智子」と言う人間を捜している事、騎士団が自分達が一時的なねぐらにしている南の坑道に向かって進軍する事を逐一報告されていたウルリーカは、坑道の中で騎士団を潰すのと同時にその「もう1人の魔力を持たない人間」も捕まえてしまおうと画策した。
その為には「エサ」が必要だったので、せっかくだからと捕まえたこの美智子と言う女を利用させて貰う事にしたのだ。
勿論、一歩間違えば美智子を取り返されて自分達も壊滅させられるリスクは考えた。
だが南の坑道は余り騎士団の手が入っていない事や自分達の方に地の利がある事、動いている騎士団の数もたった50人余りと言う少人数の為に勝算は幾らでもあるとの考えがリスクを上回った。
「騎士団って言うのも大した事無いねえ。私の盗賊団が分隊を持っている様な大所帯だって分かっているなら、普通はそれなりの人員を用意する筈なのに。大事にはしたくないって言う気持ちが付け入る隙を与えるんだから、私達にとっては仕事がやりやすくて助かるよ」
「何が仕事よ! 犯罪者じゃないの!」
「ふん、私にとってはこれが仕事さ。生きて行く為には何でもしなきゃね。裏の世界でのし上がって、私の盗賊団はここまで大きくなったんだよ」
「必要の無い連中は切り捨てても……か?」
風に吹かれながらも良く通るウルリーカのセリフに、賢吾はあの分隊のリーダーの事を思い出していた。
「ああ。時には切り捨てる事も大事さ。私の元に集まる部下にはそれを承知でついて来て貰っているんだからね。身分や地位が確立されている騎士団員とは違って私達は根無し草。生活を安定させるには自分の身の安全を第一に考え、時には裏切りだってやらないとやっていけないんだよ」
そう言う事を幾ら言われても、結局犯罪であるのに変わりは無い。
ウルリーカの言い分を聞いていた賢吾も美智子も、ワイバーンの背中で縛られながら同じ事を思っていた。