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4.別れ

 2人揃って建物の屋上から下の部分を覗いてみると、そこにはターゲットを見失ってウロウロしているライオンの姿があった。

 どうやら一旦逃げる事には成功した様だが、良く考えてみるとこの状況は芳しいものでは無い。

 このまますぐに下に降り、別の出口から出た所でまたライオンに襲われる可能性は非常に大きい。

 だったら迂闊に動かずに警察の人間がやって来るまでここで待機している方が賢明だろう。

「あーあ……何でこんな事になったんだろうな」

「それもこれもあのカラスが全ての元凶だったわね」

 2人をこんな状況に追い込んだその元凶は何処かに行ってしまった。

 だからこそ余計に腹立たしいのが正直な気持ちなのだが、そのカラスも既に居なくなったのでこれで一安心だ。


「カラオケは中止かも知れないな」

「そうね。無事に帰れるのを最優先で行きましょう」

 こんな状況でカラオケだの何だのと言える状況では無い。

 さっきサイレンの音が近づいて来ていた事から、警察はすぐ近くまで来ていると思うのだがなかなか到着しない。

 この廃工場の敷地はかなり広いので仕方が無いとは言え、まさかのライオン相手に逃げ回る事になるとは思っていなかった2人にとっては未知の経験なので一刻も早く助けに来て欲しい所である。

「くっそ、警察は何してんだよ!?」

「賢ちゃん、落ち着いて!」

「これが落ち着いてなんかいられるかっ!!」

 立腹する賢吾を美智子がなだめていたその時、唐突にそれは起こった。


 何か柔らかい物が賢吾の頭の上に落ちて来た。

「……ん?」

 一瞬怒りを忘れた賢吾が頭の上に手をやると、指に細長い物が触れて頭の上からハラリと落ちる。

 人差し指と親指でそれをつまんで目の前に持って来てみると、それは夜の月に照らされて不気味に輝く、カラスの黒い羽根だった。

「えっ!?」

 まさかと思い頭上をほぼ同時に見上げる賢吾と美智子。

 しかしその羽根の主は空を飛んでいるのかどうかは分からない。

 闇に紛れるとはまさにこの事を言うのだろうか、と思うと同時に一気に不安感が襲い掛かって来る。

「お、おい……まさかさっきのカラスの奴、まだ居るんじゃないのか?」

「分からないけど……その可能性はあるわね」

 頭上にカラスの羽根が落ちて来たと言う事は、そのカラスが2人の頭上よりも高い場所を飛んでいたと言う可能性が高い。

 風に巻き上げられて落ちて来たと言う可能性は無い。何故なら今は無風だからである。


 そしてこう言う時に限って、何か良くない予感と言うものは当たってしまう。

 それに最初に気が付いたのは美智子だった。

「け……賢ちゃん、あれっ!!」

 美智子が指差す方向に賢吾が顔を向けてみると、そこには2人の居る屋上に向かってバサバサと音を立てながら飛んで来るカラス……の集団が!!

「な、あ、あれってカラスじゃねーのか、さっきの!?」

「知らないけど何だかやばい雰囲気よ! こっち来るわよ!!」

 とりあえず建物の中に逃げ込んでしまえばそれで何とかなるだろう。


 そう考えていた2人だが、現実とはなかなかそう上手く行ってくれそうに無いらしい。

 そのカラスの集団は普通のカラスとは思えない程に速いスピードで2人に接近し、あっと言う間に賢吾と美智子の周りを取り囲む。

「うおああああっ、や、やばいこっちだっ!!」

 美智子の手首を掴み、踵を使ってクイックターンした賢吾だったが、一方の美智子に向かって3羽のカラスがタックルを仕掛けて来た。

「え、あ、ちょっ……うわあ!?」

「美智子っ!!」

 タックルを食らってよろけた美智子を視界に捉え、再度クイックターンで方向転換して彼女の身体を何とか受け止めた賢吾。


 しかし受け止めた事によって美智子の体重が賢吾に全て預けられる結果になり、美智子と一緒に賢吾はバランスを崩してしまった。

 そこに別のカラスが今度は5匹でタックルを仕掛けて来て、成す術無く今度はぶっ飛ばされた。

「きゃああっ!?」

「くっ……そ!?」

 美智子を腕の中に抱えたまま何とか踏ん張ろうとした賢吾は、次の瞬間恐ろしい事に気が付いた。

「やべっ、落ちる!!」

 何時の間にか屋上の端まで追いやられていたのに気が付かず、足を踏み外したその瞬間賢吾は「落下する」と確信した。


(み、美智子……だけはっ!!)

 藁にもすがる思いで両腕に力を込めて美智子を屋上側へと突き飛ばそうとしたのだが、そこに突っ込んで来た新たなカラスがそれを阻止する。

「ぐうえっ!!」

 美智子は背中にそのカラスのタックルを受け、背中側から落下して行く賢吾の腕の中により一層飛び込む結果になった。

「えっ、あ、うおおっ!?」

 この状態ではもうどうする事も出来ない。

 ただ地球の重力に身を任せて、屋上から地面に向かって落ちて行くだけである。

(っのやろお……!!)

 最後にタックルをかまして来たカラスを視界に捉えた賢吾は、その瞬間そのカラスの顔に「してやったり」と言う邪悪な部類の笑みが浮かんでいたのが見えた……気がした。

 落下して行く2人の周りには大量のカラスの鳴き声が聞こえるのと、同じく大量のカラスの羽根が舞っていた。

 恐怖、絶望か、一巻の終わりだと確信した故の覚悟か、はたまた別の何かか。

 何が原因かは分からないものの、賢吾は落下途中で気絶してしまったらしく意識がブラックアウトするのを感じ取ったのだった。


 プロローグ 完

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