48.余裕が崩れる時
「そうは行かないよ」
「っ!?」
騎士団員達の後ろから突然聞こえて来た女の声。
一斉に振り向いた騎士団員達の目に映ったのは、何時の間にか通路を塞ぐ形で自分の部下らしき武装集団と魔物達を引き連れた女だった。
黒のロングヘアーを後ろで纏め、若干釣り上がった目の形。その瞳は青い。
深紅の、しかし動きやすさ重視の為か袖無しのロングコートを着込んだその内側には銀色の胸当てを着け、黒のズボンを履いている腰の茶色いベルトには短剣が2本ぶら下げられている。
足は保護の為か、茶色のニーハイブーツの上からこれまた銀色の足鎧を装着。コートから出ている肩も銀色の肩当てを装着し、指先から上腕までを保護する為に肘から少し上まである長い茶色の皮手袋をはめており、金色の柄に赤い刀身の湾曲した剣……RPGで言えばシャムシールが握られている。
この様に、この女だけは周りの武装集団の人間達とは何か雰囲気が違うのが分かる。
賢吾とレメディオスは女の出で立ちを見て同時に確信した。この女こそが今、王国内の世間を騒がせている盗賊団のリーダーなのだと言う事を。
「貴様、何者だ?」
答えは分かり切っている。だが騎士団員として自分達に刃向かうのであればその素性は尋ねない訳にはいかないレメディオス。
すると意外にも女は自分の身分を名乗った。
「私かい? 私はウルリーカ・シンベリ。シンベリ盗賊団の団長だよ」
見た目では20代中盤と思われる、クラリッサと年齢が離れて無さそうな女はウルリーカと名乗った。
「そうか。わざわざそうして名乗ってくれるのは捕まりたいと言う事だな」
レメディオスは油断無くロングソードを構えるが、ウルリーカは余裕しゃくしゃくと言った表情でピュイっと指笛を鳴らす。
それを合図にして、今の賢吾やレメディオスが背中を向けている広場の集団が一斉に動き出した。
「……!?」
だが、それが見えるのはこの場に居る賢吾だけ。
それ以外のレメディオスを含む騎士団員達には、広場の方から聞こえて来る大小様々な「足音「だけ」しか聞こえないのだ。
「な、何だっ!?」
「はっはっは! さぁ、楽しいショーの始まりだよ!!」
この状況を楽しんでいるウルリーカのセリフに、音だけしか聞こえ無いと言う異常事態も相まってレメディオスも焦った表情を見せる。
そんなレメディオスに賢吾が大声で指示を出す。
「落ち着け!! 広場から大量の敵が来てるんだよ!! ここはさっさと逃げるぞ!!」
「……わ、分かった!!」
賢吾には「見えている」らしいのでその忠告を信じて撤退を決めるレメディオス。
しかし、ウルリーカがその目の前に立ちはだかる。
「おおっと、何処へ行くんだい?」
「邪魔だ、どけえ!!」
騎士団員の1人がウルリーカに向かって行くが、彼女の手前で見えない壁にでも弾かれたかの様に不自然な動きで何かにぶつかり、そしてしりもちをついてしまった。
そしてしりもちをついた騎士団員のその隙をついて、ウルリーカの右手に握られているシャムシールが無慈悲に彼の首を刎ね飛ばした。
「き、貴様っ!」
「さぁさぁ、次はどいつだい?」
今しがた自分が殺した騎士団員は気にも掛けずに通路の端に蹴り転がし、挑発するかの様に腕全体で手招きをするウルリーカ。
何か彼女は仕掛けを施しているらしく、迂闊に近づけない。
かと言ってこのままここでもたついていれば、後ろの広場からやって来たもう一方の敵と挟み撃ちの状況だ。
「くっそぉぉ!!」
この状況から早く逃れたい賢吾がここで動く。
シャムシールを持っているウルリーカに向かって、小柄な身体を活かして騎士団員達の間をすり抜けて石を投げつける。
その石はやはり何かに弾かれてしまったものの、賢吾は彼女に向かってスライディング。
「甘いんだよ!」
そう言いながらも絶対の自信があるのかそこを動こうとしないウルリーカだが、次の瞬間彼女は信じられない出来事を体験する。
「……うわあっ!?」
賢吾は何かに弾かれるような素振りも見せず、旗から見れば棒立ち状態のウルリーカにスライディングを成功させて転倒させる。
そしてダメ押しでウルリーカの腹を蹴りつけて悶絶させておく。
「お、おい……!」
「ああ、俺等も行くぞ!」
それを見た他の騎士団員達も一斉にウルリーカの後ろに控えていた部下達に向かって突き進む。
今度は何かに弾かれる事も無いまま、勢いづいた騎士団員達が盗賊団を圧倒し始める。
(まさか、この男は魔術障壁の影響も受けないと言うのか?)
ウルリーカが使っていたのは、恐らく物理攻撃も魔術も全てある程度までブロック出来る魔術の障壁だろうとレメディオスが結論を出していた。
例えば、さっき首が刎ね飛ばされた騎士団員達が向かって行った時の様に障壁に身体が弾かれる筈だ。
何もせずにウルリーカが余裕の表情で居たのもそれを証明していると言えた。
だが、賢吾にはその魔術障壁の効果が無いらしい。
武器も防具も使えない、魔術も使えない、素手でしか戦えない足手纏いだと思っていたのにまさかこんな形でこの魔力を持たない人間が役に立つなんて。
心の中で驚愕しつつも、まずはさっさと撤退するべくレメディオスも他の騎士団員達と一緒に駆け出した。




