39.勝負の行方
「何それ……、僕を馬鹿にしてるの?」
「何だと?」
男の思わぬ反応にレメディオスの表情も変わる。
一体こいつは何を言い出すんだ、と思ったものの、黙ってまずは男の言い分を聞く事にする。
「何で女の騎士団員が相手なんだよ。これじゃあ僕が女にすら劣るって言ってる様なもんじゃないか」
「……それはつまり、女が相手だから不満だと?」
「そうだね。僕は女相手に本気なんて出せないよ」
「んだとぉ!? クラリッサを舐めんじゃねえぞ!」
頭に血の上ったロルフが男に歩み寄ろうとしたが、それをレメディオスはバッと左手で制して冷静な口調を崩す事無く続ける。
「本気は出せない……か。それでも戦ってみる価値はあると思うがな。それとも戦場でも女相手には本気を出せない腰抜けなのか?」
「な……っ!? ば、馬鹿にすんなっ!」
今度は男が頭に血を上らせる番となった。
「ならこのクラリッサが相手になる。彼女だって騎士団で正規の訓練を受けた騎士団員だからな。彼女に勝てない様では女に劣る事になるぞ?」
「分かったよ。その言葉……後悔させてやるからな!」
レメディオスが上手く男を挑発してバトルに持ち込む事に成功した。
そしてこのバトルの審判もレメディオスが努める事にして、バトルフィールドの周りも騎士団員達の身体で即席の壁を作って逃げられない様にセッティングしておく。
銀髪の男は羽織っている黒のマントを脱ぎ捨て、腰からロングソードを引き抜いて構える。
それを見たクラリッサも背中から斧を取り出し、男に対して構えた。
「ルールだが、相手の武器を落として相手に武器を突きつけるか、相手が参ったと言うまでか、相手を気絶させたら勝ちだ。今回は訓練用の武器が無いから試合続行不可能だと判断したら私がすぐに止める。これで良いな?」
「ああ、それで良いよ」
「私も大丈夫よ」
お互いの了承を取ったレメディオスがバトルフィールドの真ん中に立ち、2人のバトル開始を合図する。
「それでは、クラリッサ・セネット対イルダー・シバエフの模擬試合を始める! 2人とも構えろ!」
既に構えていた武器をもう1度構え直し、一層自分に気合いを入れて相手を見据えるバトルフィールドの2人。
それを見て頷いたレメディオスが声を上げる。
「では……始めっ!!」
合図と同時に先に動いたのはクラリッサ。
斧を振り上げてそのまま振り下ろすもの、上手い具合に銀髪の男……イルダーがロングソードで受け止める。
そこで少し後ろに下がって薙ぎ払ってやれば、イルダーの腹部を斬り裂く事が出来る……筈が。
「そらっ!」
「っ!?」
その薙ぎ払いをイルダーは右足で蹴って止め、クラリッサの姿勢を崩す事に成功。
体勢が崩れた隙にイルダーが懐に飛び込んでタックルをかまし、クラリッサを後ろに転がすものの彼女も鎖帷子を着込んでいるのでそこまでのダメージは無い。
(ぐっ……まさかあれを止められるとは……)
しかし精神的なショックはクラリッサの方が大きい。
騎士団では良くも悪くも基本に忠実な戦術を習う為、こうしたイレギュラーな対応には弱い面がある。
それでも怖じ気付かずにクラリッサは再び斧を構えて向かうが、今度はイルダーが腰に手を回す。
(えっ、何!?)
斧を構えながらもその光景を見逃さないクラリッサだが、かと言って止まる訳には行かないので今度は前方に転がってからの横薙ぎで足を斬り裂く戦法に出る。
それをイルダーはジャンプして回避し、腰から取り外した鞘を着地と同時に左手で横に振ってクラリッサの顔を殴りつける。
「ぐへっ!?」
変な声を上げつつ再び地面に転がったクラリッサに、更に追撃を掛けるべくイルダーは小走りで接近。
だがそれはクラリッサの戦法でもあった。
(掛かったわね!!)
クラリッサは上手くそのまま転がって起き上がり、地面に思いっ切り自分の斧を叩きつける。
その瞬間、ドォン!! と大地を揺るがす強い衝撃がリングを取り囲む人間達の身体に伝わる。
「あ……!」
それは賢吾が、あの洞窟の最深部で感じた衝撃と全く同じものだった。
「お、おいロルフ。クラリッサの今のあれは?」
「あれはあいつの必殺技の1つさ」
「必殺技……?」
ゲームでや漫画の世界では良く聞くその名称だが、実際にこうしてこの世界で聞いたのは初めてだ。
「ああ。インパクトバスターハンマーっつって、叩きつけた斧から衝撃波を出して、その衝撃波で相手を吹っ飛ばすのさ」
説明するロルフの視線の先では、クラリッサのそのインパクトバスターハンマーから放たれた衝撃波で吹っ飛ばされた男が立ち上がる所だった。
「へぇ、そんな技がね。じゃあ僕も……ヘルファイア!!!!!」
「なっ……」
まるでボウリングのフォームの如く地面スレスレに繰り出された手から噴き出した炎が、物凄いスピードでクラリッサに襲い掛かる。
「くっ!」
間一髪でクラリッサはそれを回避するものの、大きな隙が出来た彼女の顔の前にはロングソードの先端が突きつけられていた。
「そこまで! 勝者、イルダー・シバエフ!!」
高らかにレメディオスの声が上がり、この瞬間クラリッサの負けが決定した……のだが。
「何だよ……張り合いが無いなあ。もっと良さそうなの居ないの?」
そう言いながらキョロキョロと辺りを見渡すイルダーの視線と、賢吾の視線がピッタリと合う。
その瞬間、まるで新しいおもちゃを見つけた子供の様な顔で男は手招きをした。
「え、お……俺?」
「結構良さそうなの居るじゃない? さぁ、今度は君と勝負してあげるよ」