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3.猛獣

 余りに突然の光景に賢吾も美智子も言葉を失う。

 思考が停止すると言う事は、脳が身体に向かって発信する信号の伝達もされなくなってしまう。

 結果として、この幼馴染の男女は突然現れたライオンを見つめて身体が動かない状態になってしまったのだ。

 何でこんな所にライオンが?

 何処かの動物園から逃げ出して来たとしか考えられないが、そもそも何でこんな場所でライオンに出逢ってしまうのだろうか?

 こう言う場合はどうすれば良いのだろうか?

 ゆっくりと視線を逸らさずにバックすれば良いのだったか?


 色々な疑問が一気に頭の中に噴き出して来て、それがグルグルと駆け巡る賢吾と美智子はパニック状態に陥っている。

 こればかりは日本拳法の使い手だろうが関係無い。

 こんな猛獣相手に素手で立ち向かえる訳が無いので、どうにかして逃げるしか無いのだ。

 だけどどうすれば良いのか賢吾も美智子も分からない。

 その気持ちが先に口に出たのは美智子だった。

「け……賢ちゃん、ライオンよ?」

「そ、そうだなぁ、どうしよう?」

「私にき、聞かれても困るわね。とっとととにかくここは刺激しちゃダメよね?」

「お、おう……ここはやっぱり、目線を合わせたままゆーっくり後ろに下がるんだよ」

「で、でも今にも飛び掛かって来そうなんだけど……」


 2人の声は震えている。

 そしてお互いに視線を向ける事も出来ず、そのライオンにロックオンされた状態が続いている。

(くそっ、こんな時に限って警察は来ないし……)

 1歩でも後ろに下がったらどうなるのか見当も付かない。

 後ろに下がった瞬間に、その獰猛な鋭い歯を剥き出しにして襲い掛かって来る事も十分に考えられる。

 それでもここから逃げなければいけない。

 だけど足がすくんでしまって動けない。

 この相反する気持ちが、更に2人の動きを止めさせる事に繋がっている状況だ。


 その睨み合いの時間が何秒、いや何分、いや何時間続いたのだろうか?

 幼馴染の男女の耳に、その時パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。

「……警察だ……」

「そ、そうみたいね……」

 相変わらず動けはしないものの、何とか声だけを振り絞ってお互いに確認行為をする賢吾と美智子。

 警察が来てくれたとなればこれで一安心……かと思いきや、美智子の通報内容をふと思い出す賢吾。

「……な、なぁ美智子。お前さ……警察に何て連絡したんだっけ?」

「変なカラスが居て、人間を襲ってるからすぐに来てくれって電話したけど……」

「えっ……」


 賢吾も、そして通報した美智子自身もその時同じ考えに辿り着く。

 凶暴なカラスが居るからすぐに来て欲しい、と電話を掛けたと言う事は、警察が「それなりの」装備しか持って来ていない事になる。

 やって来た場所にライオンが居ました、となればまた話が大きく変わって来る。

 だとしたらカラス駆除に来た筈の警察が、今この目の前でライオンに返り討ちにされてしまう未来しか見えない。

「み、美智子だけでも警察にこの事知らせてくれよ。俺の事は良いからさ」

「い、嫌よそんなの!! 何で賢ちゃん置いて私が逃げなきゃいけないのよ!?」

「どっちかがやらなきゃずっとこのままだし、そして警察の人が目の前で食い殺されるかもしれないんだぞ!?」


 その叫び声に反応したのか、ライオンが1歩だけ2人の方に近づいた。

 それを合図にして、賢吾は美智子を思いっ切り後ろに突き飛ばす。

「俺達の右斜め後ろにドアがあるから飛び込むんだ。行け、美智子!!」

「うあっ!?」

 賢吾に突き飛ばされた勢いでたたらを踏んだ美智子だが、こうなれば仕方が無いと半ば自暴自棄の気持ちで一目散にライオンとは正反対の方向へ走り出す。

 それと同時に賢吾もライオンから逃げるべく、ライオンに背を向けて美智子と一緒の方向へと駆け出す。


 美智子は賢吾に言われた通りに、自分達の右側にある建物の中に続くドアへと飛び込む。

 賢吾もそれに続いてダッシュでドアの中へと飛び込み、ドアを閉めてその先にある階段を一気に上に向かって駆け上る。

 美智子も賢吾に負けじと必死になって階段を上るが、スポーツの経験が学校の体育の授業以外では全くと言って良い程無い美智子は、徐々に賢吾がら遅れをとって行く!

「美智子、頑張れ!!」

「わ、私は大丈夫だから賢ちゃんは先に行って!!」

 今の所、さっきのライオンが下から追いかけて来ている気配は無さそうだが油断は出来ない。

 このまま屋上まで逃げて、警察の人間が近くに来るまでそこで立て篭もりを決め込むしか無さそうである。


 3階建ての建物だけあって、先に屋上に辿り着いた賢吾に遅れる事およそ20秒で美智子も屋上に辿り着き、即座にドアを閉める。

「はぁ、はぁ、はぁ……何なんだよ、ありゃ……」

「と、とりあえずここで休みましょう。とにかくあのライオンをどうにかして貰わないと私達、このままじゃ動けないわ……」

 あのライオンは一体どうしているのだろうか、と賢吾と美智子は建物の屋上から下を覗いてみる。

 願わくば、この建物の中に入って来ていない事を願いつつ……。

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