31.手合わせ(前編)
王都を出発して約3時間。
全速力で馬を飛ばし、休憩を挟んで人間と馬をそれぞれ休ませ、そしてまた全速力で山の南側から大きく迂回するルートで騎士団の3頭の馬が疾走して来た。
その結果、ようやく駐屯地まで辿り着く事が出来たのだが……問題はここからである。
「問題の洞窟はこの山道を上がって行った場所にあるんだが、このまま進むのは少し危険だな」
「何でだ?」
「空を見てみろ」
レメディオスが右手の人差し指で空を差すので、賢吾の視線もそれにならって空を向く。
その空模様は雲が所々にある晴れ模様だが、問題はその色だった。
「あ……そうか。そろそろ日没なのか」
「ああ。夜の山は危険だ。道の先は昼間でも見通しが利かない。夜になれば野生の魔物が活発化する上に、足元が更に暗くなるから足を滑らせて転落死する危険もある。急ぎたい気持ちがあるかも知れないが、今日はここの野営地で朝を待とう」
「……ああ、分かった」
ここは経験豊富なレメディオスの言葉に従い、賢吾はクラリッサとロルフと一緒に野営地で夕飯と寝床を用意して貰う事にした。
そして、ロルフとあの武器庫の中で約束した手合わせの話がここで前倒しで行われる事に。
「おい、美智子の無事を確認してからって言う話だった筈だが?」
夕飯の前にロルフに野営地の片隅にある広場に連れ出された賢吾は、若干イライラした口調でそう問い掛ける。
だが、ロルフはロルフなりの考えがある様だ。
「そのつもりだったんだがな、これから俺達が向かうのは戦場だ。やっぱりここで少し実力を見せて貰いてえ」
賢吾は武器が使えないが、相手が武器持ちだと言う事を考えてロルフは鍛錬用に刃を丸くした槍を借りて来た。
「御前の活躍はクラリッサからも聞いているし、ここに来るまでに日本拳法と言うのを習っているとも聞いた。そっちの世界特有の武術らしいが、俺達は実際にまだ見た事が無いから俺と手合わせをして貰う。武器を持った相手に戦う経験を少しでもしておいた方が、奴等の潜伏場所に乗り込むに当たって心配事が少しでも減ると思うぜ?」
説き伏せられる形で半ば強制的に手合わせをさせられる事になってしまった賢吾だが、こうなってしまったらもう後には引けない状態なのでやるしか無さそうだ。
「それでは2人とも、準備は良いか?」
審判役としてやって来たレメディオス、そしてギャラリーのクラリッサも含めた小さな手合わせが始まる。
「俺は良いよ」
「俺も大丈夫だぜ」
「そうか。ではルールだが、お互いに参ったと言わせるか私が止めた時点で勝負を決める。さあ、お互い構えろ」
レメディオスの声で2人はそれぞれ構える。
日本拳法は防具を着けて戦う格闘技だが、賢吾は祖父との組手では防具を着けずに素手と素足でトレーニングをさせられていた過去がある。
今も防具無しだが、その過去があるからこそ余り問題視はしていない。
むしろ、問題視をするポイントはまだまだ他に存在している。
相手が現役の軍人である事、槍と言うリーチの圧倒的に違う武器を持っている事、そして何よりも賢吾が不安なのはロルフとの体格差なのだ。
「では……始めっ!!」
レメディオスの合図と共にロルフが槍を突き出して向かって来るので、賢吾は素早く回避して一気に距離を詰めようとする。
しかしロルフも左足で前蹴りを繰り出して賢吾を近寄らせない様にしながら、自分の間合いで戦う為にバックステップで離れようとする。
お互いがお互いの間合いで戦う為に必要な距離はこの場合かなり違う。
そして賢吾の方が、リーチの長い槍を武器にしている以上どうしても近付かなければ攻撃のチャンスが見出せないので、ロルフに勝てるチャンスは更に低くなるのだ。
(くっ……)
「おらおらあ、ドンドン行くぜえ!」
熱血漢なロルフは戦い方にもその性格が良く現れており、直線的に賢吾を貫こうとする様なシンプルな軌道を連発して来る。
かと言って「線」の動きだけでは無く「円」の動きも流石は副騎士団長と言うべきか、賢吾が回り込もうとするそのステップに対して槍で素早くけん制して近付かせようとしない。
賢吾は近付かなければ攻撃のチャンスも無いのだ。
「どーしたおらあ! 逃げてばっかりかぁ!?」
(くっそ、このままじゃ何も出来ない!!)
向かい合った時から感じていた、自分とロルフの体格差。
身体つきはお互いに細身の部類に入るが、元々の骨格からして違うのか賢吾の方がロルフよりも更に細い。
賢吾の見た感じの体重で言えば多く見積もっても10kg位だと思っていたが、それは大きな勘違い。
ロルフは着やせするタイプであり、細く見えても賢吾とは18kgもの差がある。
幾らスピードに秀でていても、パワーがそれを逆転する事は格闘技の世界では当たり前の話になるし、だからこそ空手やボクシング、柔道等で体重別に階級が分かれているのだ。
プラス、身長差も15cm以上はありそうだ。
勿論これはロルフの方が高い。
この状況で例えロルフが素手で戦っていたとしても、身長差があればある程ロルフの方が有利なのだ……。