241.予定はあくまで予定だった
『おいっ、早く逃げるぞ!!』
「へっ?」
ドタドタと足音を響かせてやって来たのは、さっきのトレーニングで身体を動かす事無くじっと山頂で待っていたので、少し村の中を散歩して来ると言っていた人間の姿のエンヴィルークだった。
しかもかなり慌てているその様子に、これは只事では無いと地下室に居る全員が気が付いた。
「ど……どうしたのよ?」
困惑しながら美智子が尋ねると、その慌てた様子を隠そうともせずにさっさと逃げるぞ、と繰り返すエンヴィルーク。
『騎士団だ!! 騎士団の襲撃がこの村に!!』
「えっ!?」
この村で生まれ育ったイルダーがまず声を上げるが、声を上げたいのは他のメンバーも同じだったのでとにかく外に出てその様子を確認する。
外では逃げ惑う人々の悲鳴がそこかしこから聞こえて来るので、明らかな非常事態だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ……何で騎士団がこの村を襲撃して来るのよ!?」
「……恐らく、俺があそこに隠した物的証拠が目当てなんだろうな」
イルダーの家を振り返ったエルマンがそう言うが、そのイルダーはあたふたしている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! この村はどうなるのよ!! 見捨てて私達だけ逃げるって言うの!?」
「そんな事言っても、この俺達じゃ大勢の騎士団員相手に歯が立たないだろう!?」
美智子とエリアスの意見が対立している事からも分かる様に、逃げるのか戦うのかを選ばなければならない。
だが、エンヴィルークは逃げろと言っている。
『ダメだ、騎士団は大型魔獣を使役しているんだ!!』
「大型魔獣?」
『ああ。それもギローヴァスと言うかなり強い魔獣がな。俺が食い止めるから、御前達は騎士団を倒しつつ村の外に出るんだ!!』
「あ……ああ!!」
エンヴィルークに任せておけば心配は無いとは思うものの、イルダーはそうも行かないらしい。
「待ってくれよ!! この村を捨てて逃げるってのか!?」
「今は逃げるのが先決だ!! それともここで村人と一緒に死ぬのか!?」
イルダーと賢吾の意見も対立するが、その空気をエンヴィルークが一喝して黙らせた。
『止めろ!! こうしている間にも騎士団による被害は増えているんだぞ。戦うなら戦うでさっさと立ち向かえ! 逃げるなら逃げろ!! これ以上被害が出る前に早くどうするかを決めろ!!』
エンヴィルークの怒鳴り声に、まずは真っ先にイルダーが行動を起こす。
「お、おい何処行くんだイルダー!!」
「僕は戦うよ!! ここは僕の村なんだからね!!」
「……分かった。それじゃ俺は何時でも逃げられる様に脱出ルートの確保をしておくぜ!!」
エルマンもそう言って駆け出して行き、残された3人は騎士団を倒してから脱出する事を決めた。
「危なくなったら逃げるんだぞ。俺達まで死んだら元も子も無い。エンヴィルークは美智子を頼まれてくれないか?」
『分かった。それじゃ行くぞ!!』
ここで物的証拠を確認してからさっさと騎士団の魔導砲を破壊する予定だったのに、まさかの先制攻撃をされてしまっている。
(予定は未定とは良く言ったもんだが、こんなのはもう騎士団なんかじゃねえ!!)
騎士団に変装した野盗と言う線も考えられるが、村の中で暴れ回っている服装を見る限りでは間違い無く騎士団員達である。
それに騎士団の人間達が自分達を追い掛け回し、こうして狙って来る理由だってあり過ぎる位なのだから疑いの余地は無かった。
(それにしても、これが国民を守るべき騎士団のやる事なのかよ!?)
これじゃ本当に野盗とやっている事が同じじゃないか、と賢吾は心の中で憤りを感じながら手近な民家の物干し竿を拝借し、それを武器に戦う。
美智子はあの手製のノコギリじゃ戦えないと諦め、大人しくエンヴィルークに守られる形で脱出ルートの確認をしながら逃げていた。
(私も戦えれば……!!)
少しばかりの戦闘訓練を積んだとは言え、ここに来て戦えないのは心苦しい気持ちがあった。
そんな彼女の心の中を見透かしたのか、美智子の手を引っ張りながら走るエプロン姿のエンヴィルークからはこう言われる。
『戦えないと悔しいか?』
「そりゃあね」
『だが、今の御前はそれが現実だ。足りない技量で無暗に立ち向かっても自分がケガをするか死ぬだけだからな。あの山の中のトレーニングはただ単に実力を見極めようと思っただけじゃなく、御前達が騎士団に対抗すると聞いたからその役割分担も考えていたんだ』
「役割分担ですって?」
美智子にそう聞かれたエンヴィルークは、目の前に躍り出て来た騎士団員をあっさりと鋭い右ハイキックで倒して頷く。
『そうだ。ハッキリ言えば御前とあの賢吾……だったか、あの男の間には相当な実力差がある。戦闘では御前は余り役に立たない。だが裏方ならかなりの活躍をしてくれるとも聞いている。その懐に隠しているノコギリを作ったりしたのも聞いた。牢屋から脱出の手順を考える頭脳がある事もな。だから自分の役割を理解して、活躍すればそれで良い』
「自分の役割……か」
確かに戦闘能力では賢吾に遠く及ばないが、頭脳云々は置いといても手先が器用なのは自他ともに認めているのでそれを活かせる場面があれば……と考えつつ村の出入り口へとエンヴィルークと共に美智子は走った。