231.闇に溶ける存在
何とかその突進は避けたものの、このユグレスとは階段状になっている狭い岩場の上で戦わなければいけない。
しかも、翼を背中に生やして自由に移動出来る相手だ。
人間には出来ない回避の仕方も出来てしまうこの異世界の鳥人を相手にして、まずはとにかく場所の確保をする事にした賢吾は美智子を岩場の先に押し上げる。
「御前は先に行け!!」
「えっ……け、賢ちゃんは!?」
「俺は後から行く! ここで固まってて落っこちたら真面目に命は無いぞ!」
「う、うん!!」
そう促された美智子は、素直にここを賢吾に任せて自分は先に進む事にした。
……のだが、相手もそれを予想していた様でとんでもない行動に出る。
バサバサと翼を動かして飛んで来たユグレスは、賢吾と美智子目掛けて一気に突っ込んで来た。
「くっ!」
「きゃっ!!」
これが広い場所であれば2人とも横に避ける事が出来たのだが、そんなスペースすらも無い程に狭い岩場の上だけあって回避手段は屈む事しか出来ない。
それしか出来ないのをユグレスも分かっていた上で、屈んで避けた美智子をロングバトルアックスを持っていない左腕を伸ばして器用に、そして正確に美智子を脇腹に抱きかかえた。
「えっ、ちょ……きゃあああっ!?」
「美智子!! 美智子ぉおおおおおおおおっ!?」
一瞬何が起こったのか分からずにパニック状態になる美智子と、目の前で自分の幼馴染が素早く掴み上げられてしまったのを見て咄嗟に動く事が出来ない賢吾。
そんな彼を見下ろしつつ、黒いカラスの羽根を闇の中に撒き散らしながらユグレスは大空へと飛び去って行った。
「う、嘘だろ……くそっ!!」
ユグレスに美智子をさらわれてしまった賢吾は、勿論そのまま黙って見ている訳も無く即座に岩場を進み始める。
美智子が何処に連れて行かれるか分からない。
これはトレーニングではあるものの、一体ユグレスは美智子を連れ去って何をしようと企んでいるのだろうか?
今はとにかく彼を追いかけるしか無いので、賢吾は岩場をようやくクリアしてユグレスが飛んで行ったと思われる方向へと駆け出した……が。
「うがぁ!?」
「この先へは行かせない」
岩場の上にある林の暗闇の中から、突然現れた1人の男にその身体を羽交い絞めにされる賢吾。
その人物の顔が月明かりによって照らし出される。
「お、御前は……セバクター!?」
賢吾はいきなり不意打ちで出て来たセバクターの元へと引っ張られた挙句、細身に見えるがしっかり筋肉の付いたがっしりとした左腕で首を羽交い絞めにされる。
「ぐっ……!!」
「大人しくしていれば危害は加えない。逆らうなら分かるな?」
セバクターはロングソードの他にも、自分の武器として持っている短剣を空いている右手で腰から引き抜き、賢吾の首に突き付けた。
だが賢吾もこの状態で黙っている訳も無い。
岩場の上はちょっとした広場になっているので、十分に戦う事の出来るスペースがある。
「うらあっ!!」
掛け声と共に短剣を持つ右手を自分の右手で上に押し上げて振り払い、そのまま左手で短剣をセバクターの手から叩き落してすかさず後ろにあるセバクターの顔面に左の肘を入れる。
「ぐお!?」
そのまま振り返りつつ今度は右の肘をセバクターの顔面に入れ、セバクターが倒れ込んだ所でセバクターの左足を右足で踏みつける。
「ぐうう!」
セバクターが起き上がって来ようとする所に、今度は右足で顔面に蹴りを入れる。
「ぐは!」
それでもセバクターも打たれ慣れているのか、今度は右の前回し蹴りを繰り出す。
しかし賢吾はしゃがんで避ける。
続いて左の回し蹴りを繰り出して来たセバクターだが、これも賢吾は屈んで避けた所でセバクターの足を支えている右足の太ももに、自分の右足で蹴りを入れた。
「あが!」
賢吾は油断無く構えを取りながら、自分の攻撃によって地面に倒れるセバクターを見下ろす。
「くっ……!!」
さっき落としてしまった短剣を拾い上げて左手に持ち替えつつ、空いた右手でロングソードを腰から抜いて二刀流となって賢吾に向かって来るセバクターだが、美智子をさらわれたショックからか自分でも驚く位に冷静に賢吾は対処する。
左、右、左、左、右、左、右、左、右、右と連続して合計10発のローキックとミドルキックでセバクターの短剣とロングソードをガードし、最後の右はローキックでセバクターの左足を蹴りつけて地面に倒れさせた。
「おがぁ! ぐうううう!!」
それでも立ち上がって来たセバクターはロングソードを突き出し、それを賢吾が避けた所で右のハイキックを繰り出したが、賢吾はそのハイキックを繰り出した右足を両手でキャッチして足首を捻り上げた。
「うおあああっ!?」
その足を捻って、自分の方に思いっ切り引っ張るとセバクターが自分の方に向かって飛ぶので、素早く両手を離して飛んでいる状態のセバクターの腹に目掛けてジャンプしながら膝蹴りを入れる。
「ぐふぉ……」
丁度みぞおちにその膝蹴りが入る事になってしまったセバクターは、上手く息が出来ずに悶え苦しむ。
(早く美智子を追わないと!!)
何も殺す事が目的では無いので、賢吾はさっさとその状態のセバクターから離れて美智子とユグレスの追跡に向かうのであった。




