227.大自然トレーニング
『全員配置についたらしいわよ』
エンヴィルークから『念話』と呼ばれる、地球で言えばいわゆるテレパシーでそう報告を受けたアンフェレイアはドラゴンの姿に戻って山を一気に下り、また人間の姿に戻って2人の審判として後から着いて行く事になった。
だが彼女の背中に乗っていた賢吾と美智子は、山頂から麓までのその高低差がかなりある事に気が付いていた。
「くそ……もうここまで来たら引き返せないな」
「それにこの山、結構高低差がありそうね。もしくはよっぽど勾配が急なのか……」
「いずれにせよ行くしか無いだろう。もうスタートしても良いのか?」
『ええ、どうぞ』
アンフェレイアに促される形で、そう言う事なら……とエンヴィルークの待っている山頂に向けて夜の暗闇が支配する登山道へと足を向ける賢吾と美智子。
この夜の時間帯では月明かりだけが頼りだ。
「天気が良くて助かったよ」
「全くね。これで天気が悪くて足元も悪い、おまけに視界も遮られてるなんて事になっていたら最悪だったわよ」
少しでも自分達が有利になる条件があれば良いのだが、なかなか上手く行かないのが現状である。
それでも進めるだけ進まなければならないこの状況で、2人は早速最初の敵に遭遇する。
「うお……っと」
「きゃっ……」
2人の前に現れたのは、中華料理屋に良くある様な回るテーブル位の大きさのクモ。
シャカシャカと脚を動かして向かって来るそのクモは、息を吸い込んで2人に向かってクモの糸を吐き出して来た。
「くっ……」
それを横に回避した賢吾と美智子はすぐにそのクモを蹴りまくって反撃。
クモが息絶えて、シュウウ……と紫色の煙になって空に向かって消えた所で先に進む。
「き、消えたわよ!?」
『ああ、これはエンヴィルークの魔術で生み出された魔物だから、倒した魔物は今みたいに消える様になっているのよ』
「そうなのね」
それだったらバトルフィールドが広く使えて良いと思う反面、別の方向で悩み事も生じる。
「うーん、それだったら倒した敵を使って他の敵の攻撃をブロックしたり出来ないな」
「それはあるかもね。でもその時は臨機応変に対応して行かなきゃ」
「まぁな……」
美智子は完全にこのトレーニングの空気に染まっているらしいが、一方の賢吾は無事にこのトレーニングを終えられるのかが不安で仕方が無い。
それでもこうしてスタートしてしまった以上、山頂で待っているエンヴィルークの元に辿り着くまでリタイヤも出来ない様なので今は山を登るだけだと気合いを入れ直す。
「戦力差はこっちが圧倒的に不利だけど、とりあえず今の時点で分かっているのは相手が後ろに居るアンフェレイアと山頂で待っているエンヴィルーク以外の全員と、多数の魔物達……の予定だよな」
「うん。私も頑張るから賢ちゃんも頑張ろうね!」
美智子がそう言った途端、また前方の茂みから魔物が飛び出て来る。
今度はウサギの耳を尖らせ、それにタヌキのシッポをつけた様な魔物である。
何ともヘンテコなシルエットの魔物だが、魔物と言うだけあって油断は出来ない。
「よーし……」
意気込んで踏み出そうとした賢吾だったが、それを美智子が突然制止する。
「ちょ、ちょっと待って賢ちゃん」
「なっ、何だよ……?」
「何か人間のものじゃない足音がまだ聞こえるわ。それも1匹や2匹じゃない……軽く見積もっても10匹以上は居るわね」
「お、おう……?」
目の前のウサダヌキ(?)にもう1度目を向けつつ、賢吾は気配と音で辺りの様子を探る。
「確かに聞こえるには聞こえるけど……良く聞こえるな、御前も」
「私の耳はなかなか良いからね。それよりもまずはこの魔物を倒しましょう」
「ああ、そうだな」
地球人2人がウサダヌキに向かって行ったのを後ろで見ているアンフェレイアは、美智子の聴力に心の中で感心していた。
【へえ……なかなかあの美智子って人間もやるわね】
待ち伏せを色々と仕掛けているのはエンヴィルークだけではなくアンフェレイアもそうなのだが、まさかそれを察知されるとは思ってもいなかった。
アバウトではあるものの大体「何体居る~」とその戦力を当てられたのも驚きだし、何より目の前に出て来た「オトリ」の魔物に気を取られて、本当の戦力として待機させていた魔物の存在に気が付かずにやられる……と言うシミュレーションをしていたのがパァになったのが率直に凄いと思えるアンフェレイア。
【後はあの川のそばの村でも出会った賢吾って人間だけど、彼の実力はさっきセバクターって言うあの騎士団長を退けていた程だからこっちも期待出来るわね】
賢吾を巻き添えにしてしまうのを避けて自分や背中に乗せていた人間達が加勢出来なかったのだが、その状況でも彼は見事にあのバトルに打ち勝った。
その光景はまだまだ記憶に新しいのでもしかしたらこのトレーニングも、それからトレーニングの後に待ち構えている本当の敵との戦いでもきっと大丈夫では無いだろうか、と自分の視線の先で次々に出て来る魔物達を相手に奮戦している2人を見ながらアンフェレイアは思っていた。