226.最後の1人
アンフェレイアが審判として2人に同行して貰うのは良いのだが、この登山道は全くの未経験ゾーンなのでせめて地図が欲しいと賢吾と美智子はエンヴィルークに願い出る。
「なぁ、せめて地図をくれないか? 夜の山道は危険過ぎるだろう」
「そうよ。月明かりだけじゃ不安だし魔物だって何処から襲って来るか分からないわ」
だが、それをエンヴィルークは却下した。
『駄目だ。戦場と言うものは何時、何処で、どんなシチュエーションになるか分からないものだからな。今更それが分からない訳でもあるまい? それに地図があろうと無かろうと敵が何処に居ようと居まいと、今まで御前達はしっかり乗り切ったじゃないか』
「あ……」
そう言われてみれば確かにそうだ。
最初に洞窟で目が覚めた時、エリアスとの何回ものバトル、盗賊団との戦いに騎士団の陰謀が暴かれた時もそれこそ突発的なシチュエーションばかりだった。
そして地図の話もエンヴィルークからフォローが入る。
『ここの山はほぼ一本道だし、至る所に立て看板があるからそれを目印に進めば必ず山頂に辿り着ける。それにそこまで長くないし、何も邪魔が入らなければ少なく見積もっても30分、多くて1時間で麓から山頂まで辿り着ける』
「それがきついんだよ……」
平地ならともかく、アップダウンの激しい山道をスムーズに通り抜けるだけでも一苦労なのに更にそこに人間や獣人、挙句の果てには生み出された魔物の存在もあるからこそ余計しんどいのがやる前から目に見えて分かる賢吾。
『この山に元々住んでいる魔物は全て私達が討伐しておいたし、私達の魔術で生み出す魔物だから危ないと思ったらすぐに消えるから心配しないで』
アンフェレイアからもフォローが入るが、美智子からはこんな質問も。
「魔物って、私達が戦って勝てる相手なの?」
勝ち目の無い魔物に襲われたら到底生き残るのは無理な話だと美智子は不安な気持ちになるも、アンフェレイアは曖昧に答えるだけだ。
『さあ、どうでしょうね。エンヴィルークも言ってたけど、戦場ではどんな相手に遭うかは分からないわ。それが魔物なら手のひらサイズからあのランディード王国の王城位のサイズまでピンキリの大きさがあるしね。別に魔物を全て倒せとは言わないってさっきの説明でもあったんだし、逃げられるなら逃げればそれで良いじゃない』
「ああ。俺のアディラードの時を思い出せば良い」
エリアスがアンフェレイアに続いて口を出して来た。
「俺と戦った時、賢吾はアディラードを倒そうとはせずに逃げて俺を狙おうとしていたじゃないか。今回もそうすれば良い」
「簡単に言ってくれるよ……」
それが早々簡単に出来るものじゃないから余計に不安なんじゃないか、と賢吾は溜め息を吐いた。
と、そんな会話をしていた一同の元にバサバサと翼のはためく音が聞こえて来る。
「……ん? 魔物か!?」
思わず身構える賢吾と美智子だが、夜空を見上げたイルダーが手で2人を制する。
「いいや、あれはエルマンだよ」
「分かるのか?」
「ああ。ほら……たいまつをグルグル左腕で振っているだろう?」
イルダーの言う通り、ワイバーンの背中に乗った人物がたいまつを振ってアピールしているのが見える。
野生のワイバーンだったら乗り手は居ない筈だし、敵襲ならあんなに目立つ様にアピールもしないし、あの合図は着陸の時に仲間内に知らせるものだとイルダーが説明してくれた。
そうして戻って来たエルマンに何故こんな状況になっているのかを説明し、エンヴィルークの事とアンフェレイアの事、そしてセバクターの事も伝えてこれからトレーニングをするのだと伝えてみると……。
「分かった。そう言う事だったら俺も混ぜろ。証拠になりそうな物はあらかた回収して例の場所に運んであるから心配するな」
「それなら大丈夫だな」
最初にここに着陸したエルマンは、見慣れない赤毛の男やライオンやカラスの獣人が集まっている事を不思議がっていたが、エリアスとイルダーで彼等の正体やここに集まっている理由、そしてこれからどうするかと言う予定やこれからの目的を話してみると納得してくれたらしい。
だが、エリアスとイルダー以外には納得出来ない単語が1つだけ今のエルマンのセリフの中に出て来た。
「例の場所って?」
「俺はこれでも大貴族の出身だよ? 隠れ家とかを買う金はこれでも持っているさ」
気取った様に胸を張ってそう言うエリアスだが、それを見ていたイルダーとエルマンがブッと思わず噴き出した。
「おっ、おいおいエリアス……隠れ家って言っても僕の家の地下室だろ」
「バカッ、ばらすな!!」
「良いじゃねえか、どうせ後でここの全員で向かうんだからよ。それにこの山だったら盗賊団の時も結構通っていたからな。これで御前にリベンジを果たす事が出来るぜ」
かつてシンベリ盗賊団の一員として王国中を荒らし回っていた頃、この山はなかなか広いので身を隠すのにうってつけだったとエルマンがその当時を振り返りながら呟いた。
(もしこの男の言っている事が本当なら、奇襲を仕掛けるのにもうってつけの場所って訳だな……)
リベンジに燃えるエルマンから挑戦状を叩き付けられる形になった賢吾は、これから起こりそうな事を頭の中でシミュレートしながらアンフェレイアと美智子と共に麓に下り始めた。