209.ドラゴン
『さぁ、早く逃げるわよ』
「えっ……え?」
「ど、どう言う事?」
「魔物……!!」
賢吾は目の前で起きている光景に、口をあんぐりと開けたまま言葉が出て来ない。
美智子は何がどうなってあの女がドラゴンに変身したのかが分からないので、混乱した頭のまま何とかその理由を聞き出そうとする。
エリアスはいきなり目の前に現れたドラゴンに対して弓を構えるが、それを見たドラゴンは体勢を低くしてズイッとエリアスの顔の前に自分の顔を突き出した。
『そんな物騒な物を向けないで欲しいわね。心配しなくても、貴方達と私は敵対している訳じゃないから安心してよ』
人間の言葉を流暢に操ってそう言うドラゴンのレメクに対し、確かに攻撃して来る様子は見られないと判断したエリアスは弓を下ろした。
だが何時でも反撃が可能な様に身構えるのだけは止めようとはしない彼の姿を見て、人間の3人と話しやすい様に前屈みの体勢のままでレメクはため息を吐いてから続ける。
『はあ……まぁ良いわ。そっちには私に聞きたい事が色々とあるんだろうけど、ここでジックリと話し合っている暇は無いわ。とりあえず私の背中に乗ってくれれば安全な場所まで運ぶから、それから聞きたい事に対してジックリと私の仲間と一緒に答えるわよ』
「な、仲間?」
いきなり人間がドラゴンの姿になっただけでもかなりの驚きなのに、その上このドラゴンのレメクにはまだ仲間が居るのか? と美智子は思わず聞き返す。
だが、仲間の説明は何だかしづらそうにレメクが口ごもる。
『ええと……何て言ったら良いのかしらね。仲間って言っても貴方達がイメージしている仲間とは違う仲間だと思うから、実際に会って貰った方が納得してくれるかも知れないわね』
「う、うん……でもこれだけは聞かせて貰えない?」
『何かしら?』
「この世界に来てからこうしてドラゴンを間近で見るのは初めての気がするんだけど、この世界のドラゴンはみんな人間の言葉を喋れたりするの?」
だったら意思の疎通が出来るので楽だと感じている美智子だが、レメクはその首をゆっくり横に振った。
『残念だけど、普通のドラゴンは人間の言葉は喋れないわ。喋る事が出来るのは私ともう1匹のドラゴンだけね』
「もう1匹のドラゴン……?」
このレメクの様な存在がまだ他にも居るのかよ、と期待と不安が頭の中でミックスされる賢吾だが、確かに彼女(?)の言う通り今は時間が無いので後でジックリと色々聞かせて貰う事にした。
少しだけレメクが説明してくれたものの、いまいちその状況が呑み込めていない3人。
だがここでもたついている時間は無いのでさっさと逃げるべく、3人はドラゴンの姿になったレメクの背中に乗り込む。
「あ、俺のワイバーンの所まで先に連れて行ってくれないか?」
『分かったわ。確かあっちの方に置いて来たのよね?』
「そうだよ。それじゃよろしく」
正面玄関側にエリアスがワイバーンを置いて来てしまったので、まずはそれを取りに向かわなければならないのだがまた城の中を通る訳にも行かない。
なので先にこのドラゴンに頼んで、エリアスのワイバーンを取りに向かうべくそのエリアス、美智子、最後に賢吾の順番でレメクの背中に乗り込んだのだが、この後賢吾の身に思いもよらない衝撃が襲い掛かって来る事になる。
3人はドラゴンの姿になったレメクと共に早速脱出……の筈だったが、そんな時にまた不測の事態が起こる。
「うおぁあ!?」
突然賢吾の悲鳴がして一同がそちらを向くと、何と一緒にレメクの背中に乗っていた筈の賢吾の姿が忽然と消えていた。
「え、あれ……賢ちゃん!?」
賢吾はレメクが飛び立つ寸前に何者かに足を掴まれて、予想外の妨害に成す術無く地面に落下してしまったのであった。
落下した所は土の地面の上だったが、レメクが飛び立った直後だったので高さ的に大したダメージにはならないのが幸いだった。
「逃がさないぞ」
自分を落としたのは一体どんな奴なんだと賢吾が声のする方を見てみると、あの中庭で出会ったセバクターと名乗っていたエスヴァリーク帝国騎士団員の男だった。
「貴様等だな……この騒動の原因は? 随分と派手にやってくれた様だが御前の仲間もじきに捕まる。聞きたい事は山程あるから俺と一緒に来て貰おう」
そう言われても、賢吾も賢吾でやる事があるのでセバクターについて行く事は出来ない。
「嫌だね……!」
しかしここで足止めを食らい、自分だけ他の2人とあのドラゴンに置いてきぼりにされてしまう訳には行かない。
賢吾は身体を反転させ、尻もちをついたままの姿勢で真っすぐ蹴り抜くキックをセバクターに向かって繰り出した。
「無駄な事を」
体術にも慣れているのか、セバクターはあっさりとそのキックを片手で払いのけて身長差と装備の重さを含めた体重差を活かして賢吾を抑え込みに掛かるが、ゴロゴロと賢吾も転がって抑え込みから逃れる。
(くそ、厄介な事になった!!)
絶対に逃げ切らなければならないと言う思いでここまで来たのに、ここで捕まってしまえば今までの苦労が全て水の泡である。




