193.The art of death
ならばさっさと窓から脱出しようと、賢吾が窓のカギに手を掛けて開けようとしたその時だった。
「……おい」
「!?」
「うお!?」
その通路にいきなり響いたハスキーボイスにビクッと身体全体を震わせて驚き、その声の方向に素早く振り向く2人が見たものは……。
「あ……」
「え……?」
その声を掛けて来た人物の風貌を見た瞬間、賢吾と美智子の頭の中に以前の出来事がフラッシュバックして来た。
それは2人がレメディオスの執務室で情報収集をし始める少し前の場面までさかのぼるので、その時の一連のセリフを賢吾と美智子は思い返し始めた。
『大変だ!!』
『ど……どうしたんですか、ロルフ副団長……』
『何なのよ一体? 何かあったの?』
『あったなんてもんじゃねえ!! レメディオスが城の鍛錬場で謎の男に襲われたんだよ!!』
『え?』
『何ですって!?』
ロルフが慌ただしく部屋に飛び込んで来て、レメディオスが謎の男に襲われたとの情報をもたらした事からそれは始まった。
その情報の真偽を確かめるべく、賢吾と美智子は騎士団員達と一緒にレメディオスの執務室の隣にある仮眠室に向かった。
そこで見たのは、ベッドに横たわって安静にしているレメディオスの姿だった。
『……くそ、不覚を取った……』
『一体何があったんですか?』
『茶髪で、黒いエプロンをつけた中年の男に襲われた……。たまには私も鍛錬をしようと思って、城の方にある人が滅多に来ない鍛錬場に向かったんだ。そこは私のお気に入りの場所で集中出来る環境だったからな。だが、既にそこには先客が居たんだ』
『それがその黒いエプロンの……?』
『ああ。最初は御前達と同じ様に異世界からやって来た人間かも知れないと思ったんだが、その男からは魔力を感じる事が出来たからそれは無いと思ったな。そしてその男は私にいきなり襲い掛かって来た。足払いを掛け、私の剣をすんなり回避し、蹴り技を主体とした戦い方で私の頭を蹴飛ばした……所で意識が途切れてしまった』
『……それで、その男は捕まったんですか?』
『それが、その男が城の連中に『鍛錬場で人が倒れている』って報告しに来たんだってよ』
『え?』
それに答えたのはレメディオスでは無くてロルフだった上に、その内容にも唖然としたのを2人の地球人は覚えていた。
『それって、レメディオスを倒した後にわざわざその事を報告しに来たって事なのかしら?』
『そう考えるのが自然よね』
美智子の推測にクラリッサも同意する。
『じゃあ、一体その中年の男は何が目的でそんな事をしたんでしょうね?』
賢吾を始め、仮眠室に居る全員が首を傾げるその男の行動。
『さぁな……だが、あの男は私達王国騎士団に楯突いた敵である事に変わりは無い。足取りは掴めたのか、ロルフ?』
『いいや、奴はレメディオスの倒れている場所を報告してそのまま姿を消してしまったって話だ。その報告をしに来た奴が、まさかレメディオスを襲った奴だとは思わなかったらしいからな』
『私もロルフもそんな状況なら、その時王城の警備をしていた第1騎士団員と同じ対応をすると思うわ』
それを聞いていたロルフが1つの仮定を立てる。
『エプロンつけてたって事は、まさか食堂の連中か?』
『そこはまだ私も確認していない。それ以前にあの連中には以前の経緯から見張りがついている筈だから、城はおろか食堂と宿舎以外は見張り無しでは出歩けない筈だ。それでも一応調べてみてくれ』
『分かったわ。それじゃ私が行く』
『ロルフは引き続き目撃証言を集めてくれ。その男はそのまま城を出て行ったんだろう?』
『ああ、第1の奴等がそう言ってた。既に捜索部隊を回してあるけど、俺もこれから行くぜ』
『なら頼むぞ』
クラリッサとロルフにそう頼んだレメディオスが、再びその身体を休ませ始めた後に賢吾と美智子が執務室を探索し始めてあの通路を見つける事に繋がった。
だからそのきっかけを作ったのが、今の賢吾と美智子の目の前に立っているその中年の男そのものらしい。
何故なら騎士団員の目撃証言にあった、肩に掛かりそうな位に長い茶髪を持っていて瞳の色は黄緑で、そのトレードマークでもある黒いエプロンに血を何か所も飛び散らせているその恰好がまさしく当てはまるからだ。
……そのエプロンについている血しぶきは、ここの通路の至る所に飛び散っている騎士団員の血しぶきが掛かったものかも知れないだろうとも地球人2人にはすぐに察しがついた。
そんなスプラッター映画の様な恰好をしている茶髪の男としばし見つめ合っていた賢吾と美智子だったが、先に我に返って口を開いたのが賢吾だった。
「あ、あんたがこの騎士団員達を殺したのか?」
「そうだ」
「……じゃあ、その床に描いてある矢印もあんたが描いたのか?」
「そうだ」
「レメディオス団長を襲ったって言う茶髪の男もあんたなのか?」
「そうだ」
迷い無く肯定の返事をする中年の男に何処か薄ら寒さを覚えつつも、ここで引き下がってはいけないとばかりに次の質問をしようとする賢吾だったが、その前に茶髪の男が動いた。