188.忍者の如く
まさしく忍者の如く、夜の闇に紛れて木の間を移動する賢吾と美智子は砦から十分に距離を取って大きなラインで迂回して行く。
「……どう、見える?」
「ああ。裏口には見張りが1人。正面の出入り口から見ると楽だけど、上にも見張りが居るってさっき言われたから油断は出来ないな」
そう言いながら賢吾が砦の上の方を見上げてみると、月明かりに照らされて時折り砦を巡回している騎士団員の姿がうっすら見えた。
「あー、確かに居るわね。だったら気づかれる前に素早く中に入らなきゃ」
同じ様に見上げた美智子もその巡回騎士団員の姿を確認する。
仕事熱心なのは良いのだが、夜は人間が寝る様に出来ているのだから出来れば寝ていて欲しかったのが本音である。
しかしそうそうご都合主義で行ける筈も無いので、まずはタイミングを窺って裏口から少し離れた壁に張り付く事にする。
この砦は上から見下ろすと正方形の形をしており、壁の上に造られている通路を騎士団員が日勤と夜勤を交代するシフトで巡回している。
しかし、賢吾と美智子が壁に張り付いてカニ歩きで進んで行けば、上から見下ろす角度によっては見つからずに進む事も可能では無いかと考えている。
「俺達には見えないけど、魔力でバリアーまで張ってる上に巡回もなかなか抜かりないって言うのは厄介だな」
「でも行くしか無いわよ。さっきから見ているとその巡回も1人でやっているみたいだから、向こう側に行っている間に壁に張り付いちゃえば私達が付け入る隙は十分にあると思うわよ」
何処で砦に近づくか……そのタイミングが重要なんだと自分に言い聞かせる賢吾と美智子はタイミングを十分に見極めてから、美智子の掛け声で一気に走り出す。
「今よ、それっ!!」
美智子の合図で飛び出した賢吾は、その美智子が後ろからついて来ている事を確認して一気に壁に接近。
地面が土なので足音が響かない事と、自分達が小柄で動きが余り目立たない事、更に体重も2人共に軽い事でますます足音が響かずに済んだ事が重なって、何とか壁に張り付いて一旦息を整える。
「ふぅ……まずは上手く行ったみたいだな」
「これから壁伝いに裏口に沿って……その後はどうする?」
「そこが問題ね。どうにかしてあの裏口の見張りの気を逸らして、上の巡回の見張りに気づかれる前に中に入る事が出来ればそれがベストなんだけど……」
その気をそらす手段が見つからないから困っているんだよね、と美智子が口走り、何か使えそうな物は無いかと賢吾がキョロキョロと辺りを見渡した。
すると、土の地面に良さそうな物が複数落ちているのを発見。
「あ、これを使おう」
そう言いながら賢吾が拾い上げたのは、手の平にすっぽり収まるサイズの小さめの石だった。
「どうするの?」
「これを使って気をそらせればそれで良いさ」
ゆっくりと壁伝いに裏口に近づき、もう1度あの見張りの様子を確認。
相変わらず直立不動で槍を片手に警備に励んでいるので隙が見当たらない。
だったらその隙を自分で作り出してしまえば良いのだと、賢吾は小石の1つをブンッとその見張りの近くへと投げつける。
しかし明らかに距離が届いていないので、一体何をするつもりなのかと不安と疑問が美智子の中でミックスされる。
「ちょ、ちょっと賢ちゃん……何やって……」
「良いから見ていろ。リアクションがきちんとあるから」
自信満々な口調で返答しつつ、更にもう1個の石を見張りの近く目掛けて投げつける賢吾。
当てるつもりは無いのだろうかと美智子が不思議に思っていると、その石が地面に当たって跳ね返る音に気がついた見張りの騎士団員が顔を動かして2人の方を向いた。
しかしその騎士団員は賢吾と美智子に気がついた訳では無いらしい。
そこでもう1つ石を投げ込んでみると、明らかに動揺しているリアクションが窺えた。
「さっき作ったあれを用意して身構えておけ、美智子」
「え……あ、うん……」
身体を引っ込める様に手で指示されたので、美智子は言われた通りにブラックジャックを構えて身構える。
賢吾も陰に身体を引っ込めて身構え、そんな忍者の如き2人の目の前に石の音の正体を確認しに来た見張りの騎士団員が姿を見せた。
「誰か居……うぐ!?」
出会い頭にその騎士団員の股間を蹴り上げて悶絶させた賢吾に続き、前屈みになって悶えている騎士団員の頭に美智子のブラックジャックが全力で何回も振り下ろされた。
騎士団員は見張りの途中で撲殺されてこの世を去る事になってしまったが、その撲殺した犯人と犯罪幇助の男は構わずに素早く裏口へと近づく。
「上は?」
「大丈夫、クリアだ!」
そう言いながら裏口のドアに手を掛け、祈る思いで押してみれば意外とすんなりと開いてくれた。
(よっしゃあ!!)
何事も無くドアが開いたので心の中でガッツポーズをし、素早くドアを閉めて砦の中へと踏み込む賢吾とそれに続く美智子。
あの撲殺してしまった騎士団員が見つかるのは時間の問題なので、さっさと行動して目的を果たさなければ自分達の命が危ないのだから。