182.イレギュラー
吸魔石を持ったまま地下へと急ぐ賢吾と美智子。
本来であればここは急がずに慎重な行動で静かに行動するべきなのだが、あえて急ぐ事でこの後の展開を自分達が有利な状況に持って行ける様に画策しているのである。
それはあの魔術師を放置した部屋を出て、地下室に向かって進みつつ美智子に賢吾が説明した事から始まっていた。
「演技?」
「そうよ。あの魔術師の人には申し訳無いけど、これを最大限に利用させて貰うの」
美智子が提案した作戦と言うのは、緊急事態だと言う事で誰かに助けを求める「振り」をするものだった。
侵入者だと思われる前に血相を変えてあの魔術師の事を訴えれば、自分達の事を気にする余裕も敵側には無くなるのではないかと踏んだのだ。
しかし、その作戦がこの後にイレギュラーな者の登場によって自分達にとって予想外の方向に転がって行く事になろうとは、賢吾も美智子もこの時点で予想出来なかった。
「たっ、大変だ!!」
地下へと向かう2人は、その途中の通路で鉢合わせた警備の騎士団員に切羽詰まった表情と態度で演技をしながら魔術師の話を切り出す。
「えっ……ど、どうした?」
「む、向こうで魔術師が意識を失って倒れているのよ!!」
2人の剣幕に押されて、目の前に居るその2人が何者なのかを聞く余裕も無くその
魔術師が倒れている場所の情報を教えられた。
「そ、それであんた達はどうするんだ?」
「他の人にも知らせなきゃならないし、地下の装置の点検もして来いって言われたんだけど……俺達はここに来たのが数回しか無いから地下の装置って言われても分からないんだ。ここからどうやって行けば良い!?」
「え、ええと……ここからならそこの階段を下りて通路の突き当たりを右に行って、その先のドアの向こうだ」
「分かったわ。それじゃ魔術師の事は頼んだわよ!!」
上手く情報をゲットした賢吾と美智子はまるで嵐の様に去って行く。
その2人の後ろ姿を見て、何とも言えない違和感を覚えつつもその騎士団員は教えられた魔術師が倒れていると言う部屋に向かった。
「……あそこだな」
騎士団員に教えられた地下室のすぐそばの曲がり角で、賢吾と美智子は様子を窺っていた。
地下室に続く扉の先は15段程の下り階段になっていて、それを下りると壁にランプが吊るされている他に昔はロウソクか何かを使っていたであろう燭台がそのまま掛けられている通路に出た。
更にその短い一本道を進んで行けば、右の曲がり角の先に最深部の部屋があったのだ。
その部屋の前には見張りとして1人の騎士団員が配置されており、それをどうにかしなければ中に入れないらしい。
「まずいな、余り時間は掛けられないぞ」
「それじゃさっきと同じ手段で行きましょう」
まずは美智子がその騎士団員の前に姿を現わし、続いて賢吾もその後ろから少し遅れて美智子の後ろについて行く。
「ねっ、ねえねえちょっと大変よ!!」
「……?」
突然見慣れない服装の女が目の前に現れた事で、騎士団員は腰のロングソードに手を掛けた。
「何者だ」
「何者だ……って、私はレメディオス団長の知り合いよ!!」
「本当か?」
「本当よ。何ならレメディオス団長に確認して貰っても良いわよ!!」
今はもう敵対関係になってしまった(と自分では思っている)ものの、知り合いなのは確かに間違っていない。
そんな自信たっぷりに宣言する美智子を目の前にして、今度は用件を聞き出そうとする騎士団員。
「それで、あんた達は何をしにここに来たんだ?」
疑り深い目つきでそう聞いて来る騎士団員に対して、美智子はさっきと同じく切羽詰まった表情で急かしに掛かる。
「そんなのんびり聞かれている場合じゃないのよ!! 上の階で魔術師が1人倒れていて今大変な事になってるの!! 誰か侵入者が居るかも知れないってね。それから私達は地下にあるこの部屋の点検もして来る様に頼まれているのよ!!」
「……そんな話は聞いていないが」
何だか話が噛み合っていない様子だが、それでも押し切れば何とかなると踏んで美智子はさっさと部屋の中に案内する様に仕向ける。
「だーかーらー、今はもう一刻を争うんだから私達がこうやって報告に来た訳!! それに騎士団員は全て上に回って警備の強化をする様に伝えてくれとも頼まれているのよ!!」
しかし、騎士団員の様子は変わらない。
「待ってくれ。まずは上の確認を取ってからにする」
「あ、の、ねぇ~!!」
明らかにイライラしている様子を見せる美智子は、この時点で演技が7割の本気のイラつきが3割である。
「それをしている場合じゃないって話よ!! 良いからさっさと点検をさせて!!」
「……1つ良いか?」
「な……何よ?」
声を荒げ続ける美智子に向かって、さっきからずっと違和感を覚えていた事を冷静な口調で騎士団員が尋ねる。
「あんたとその後ろに居る男から魔力を感じられないんだが……どう考えても怪しいな。さっきから侵入者がどうのこうのって言っているが、まさか……」
自分の中の違和感が確信に変わったその瞬間、騎士団員は腰のロングソードを引き抜いて横薙ぎを繰り出した。