180.拍子抜け
まず、本当に中に入れるのかどうかを試してみる事にした賢吾と美智子は、膜が張っているとエリアスが言っていた場所まで歩いて行って実際に手を伸ばしてみる。
「……どうだ、これで膜を突き抜けたか?」
「ああ、完全に突き抜けている。後は何か感じないか?」
「ううん、別に何も……」
「そうか。見張りとかも居ない様だし、後は頼んだぞ」
完全に自分達任せの発言でイライラする賢吾と美智子だが、自分達が元の世界へと辿り着くのに必要なプロセスであるとすれば行くしか無いとも考える。
「何かあったらすぐに逃げられる、もしくは援護出来る様にだけはしておいてくれ」
「分かった。何時でも俺の相棒と一緒に待っているからな」
エリアスが隣で寛いでいるワイバーンの顔をポンと叩くのを見て、賢吾と美智子は建物の方に向かって歩き出した。
……が、中に入ってみた感想としては「拍子抜け」の一言に尽きる。
「人の気配がしないわね」
「ああ……何だか静か過ぎて不気味だ」
最初の方こそ研究者の様な恰好をした獣人、それから警備の騎士団員に魔術師と言った人員と遭遇しそうになって何とかやり過ごしたものの、その後はそんなセリフが思わず出て来てしまう位、施設の中には必要最低限の人員しか配置していないらしい。
それでも油断は出来ないので、出入り口のドアから入ってからずっと隠密行動を心掛ける。
「膜を解除するシステムが何処かにあるって話だけど、問題はその場所だよな……」
「こう言う潜入任務ってアクションゲームとかでは結構あるけど、実際にこうしてやるとなると緊張感が凄いわね……」
RPGのゲームプレイで敵のアジトへの潜入パートを経験している美智子も、ゲームと現実はやはり違うのだとその身で今まさに実感していた。
しかし、このまま闇雲にこの中を歩き回っても敵に見つかる可能性が高くなるだけで成果は得られないだろう、と判断した賢吾は少々荒っぽい手段に出る事を決意する。
「案内板みたいなのがあればそれなりに膜の出所の検討はつけられるかも知れないが、無いならやっぱり聞いてみるしか無いだろうな」
「えっ、聞く?」
「ああ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うだろう?」
「いや、それは違うと思うけど……まさか賢ちゃん、ここの職員に?」
無言で賢吾は頷く。
「だって分からないからな。そもそも本当に膜を出す様な機械みたいなのがあるのかも分からないから、膜を解除する為には分かる人物に聞いてみるのが1番だろう」
賢吾がそう言っていると、噂をすれば影が差すで1人の魔術師が歩いて来るのが今の自分達が進む通路の先に見えた。
「良し美智子、隠れろ!!」
素早くそばのドアの先に隠れ、足音と気配を頼りにしてその魔術師が近づいて来るのを待つ2人。
その部屋は研究室の1つの様で、良さげな武器になりそうな物もあったのでそれを手に持って待ち伏せる。
だがただ単にドアの先に隠れた訳では無い。ここから2人は攻めるのだ。
まずは美智子がそのドアをゴンゴンと裏拳で叩き、魔術師がそれに気が付く。
「……何だ?」
誰も居ない筈の部屋からいきなりノックの音がしたので、そのままピタリと足を止める魔術師は訝しげな顔つきになる。
そこでもう1度美智子がゴンゴンとドアをノックし、更に気になった魔術師がドアをゆっくりと警戒しながら開けた。
魔術師がそうして部屋の中に入って来た所で、声を上げられる前に地球人2人掛かりで地面に引き倒してから押さえ込む。
「ぐ……ぐっ!?」
「黙れ! あんたの選択肢は2つ。ここで俺達に殺されるか、外の緑色の膜の外し方を言うんだ!」
美智子が馬乗りになって身動きが取れない様にして、賢吾は手に持っているガラスの破片……恐らくテーブルから落として割ってしまった器具の破片であろうそれを突き付けて魔術師を脅す。
「な、何だ貴様等……」
「早く答えないと首を掻き切るか目に突き刺すわよ?」
傍から見れば完璧に地球人2人の方が悪役だが、こうでもしないと聞き出せないと踏んだからこそ荒っぽい手段に出た。
「う……ぐぐ……あ、あの膜は地下室にある。地下室だ!!」
だが、この魔術師が嘘を言っている可能性もあるかも知れないので気が変わった2人は魔術師を案内役にして連れて行って貰う事にした。
「じゃあそこまで俺達を連れて行け」
そうしてその魔術師を部屋の中にあった、実験器具やその他の荷物を縛る為のロープで拘束したまま案内させる。
しかし、それも仲間の居る場所に案内されたら終わりなので賢吾と美智子はその先の展開も考えてある。
「地下室に着いても油断するなよ、美智子」
「勿論よ。扉を開けてみたらその先に色々仲間が居ました、なんて事になったらこっちが一気に不利になるからね。貴方も勿論それを分かってくれていると思うし、分かってくれていなかったらどうなるか分かるわよね、頭の良い貴方なら」
傍から見ればやはり賢吾と美智子が悪役にしか見えないが、それでも今はこうするしか無い。
ついでにこの魔術師にここの説明もして貰いつつ、地下室まで他の敵に会わない様に願いながら2人は広い施設を進んで行った。