177.逃げ出した後は?
「はぁ?」
今まで自分達がどれだけ探しても見つける事が出来なかった、元の世界への帰り方をこのエリアスが知っている?
今の賢吾と美智子からしてみれば、これからも自分達に協力して貰いたいが為に咄嗟に思いついた理由としか思えなかった。
それに賢吾は、自分があの最初に目覚めた島でエリアスと戦う前の彼のセリフが印象に残っていた。
「信じられないか?」
「ああ、信じられないな。大体あんた、あの島で俺と勝負する前に魔力が無い人間がどうのとかって呟いてただろう。明らかに俺の事なんて知らない様子だったし、自分の姿が見えるのはおかしいとも言っていたからな。だがそれがここに来て手伝えだの、情報を集めろだのしまいには異世界に渡る方法を知っているだって? そんなコロコロ話が変わる様な人間を信用出来る訳無いだろう」
自分とあの島で別れてから2度目に出会った、あの船の上での救出劇。
それからあのアディラードを使った襲撃や、自分達に謎の声が聞こえて来た等と言う電波チックな言動で敵になったり味方になったりと訳の分からない行動を繰り返すこのエリアスに対して、賢吾も美智子もイライラがピークに達しようとしていた。
そんな時に「異世界に渡る情報を知っている」と言われたってもうついて行けない。
しかし、そんな2人の気持ちは既に見越していたらしいエリアスが更に畳みかけて来る。
「じゃあ、君達がこの世界に来る前の事を当ててみようか?」
「え?」
「何馬鹿な事言ってるのよ」
呆気に取られた顔をする賢吾と、バカバカしいとばかりに鼻で笑って一蹴する美智子。
そんな地球人2人の目の前で、エリアスの口が動いてセリフが出て来る。
「俺も断片的にしか聞いてないんだけど……君達は、まず何処かの帰り道でこの世界に来たんだよね?」
「あ、合ってる」
「確かにそれは合ってるわね」
でも偶然でしょ、とまだ信じる気が無い2人に対して更にエリアスは続ける。
「あっそう。なら続けるよ。この世界に来る前の出来事だけど、カラスに襲われたんだよね。それも何か持ち物を奪い取られて、それを追い掛けて色々と駆けずり回ったと」
「……何で分かるの?」
「それも合ってるよな……」
「しかも出会ったのは変なカラスだけで無く、ライオンにも出会ったんだよね。そして建物の屋上に逃げて、そこから落っこちて気が付いたら……この世界に居た。これで合ってるかな?」
「……」
「はい、合ってますね」
賢吾は無言で首を縦に振って肯定し、最初に鼻で笑った美智子もつい敬語になってしまった程のショックを受ける。
「この世界に来る前の出来事は、当然俺達はそっちの世界の住人じゃないから知る由も無い。しかし何故その経緯を俺達が知っているのかって言うのは気になるよな?」
「うん、すっごく」
「そのすっごく気になる理由なんだけど、君達が俺達に指令を受けて色々と情報を集めて貰っている間に、突然現れた謎の男が今のエピソードを話してくれたからなんだ」
「な、謎の男……?」
そろそろエリアスが何を言っているのか分からなくなって来たが、その謎の男が何かを知っているって言うのは確からしい。
「じゃあ、その男の人が何者なのかを是非とも聞きたいわ」
「すっごく気になる?」
「勿論すっごく気になるわ」
テーブルで向かい合わせになっていれば身を乗り出す勢いでエリアスに詰め寄る美智子に対し、詰め寄られたエリアスは謎の男について話し始めた。
「その男は3日前に突然俺達の前に現れて、自分で自分の事をこう言ってたよ。私はこの世界の神だ……とな」
「へ?」
「うっわ、胡散臭い宗教の勧誘よりも更に胡散臭そうなセリフね」
導入の部分から既にその男をバカにしたくなる気持ちで一杯の地球人2人に構わず、エリアスはその男の詳細な容姿を語り始める。
そしてその内容は地球人2人を戦慄させるものだった。
「男は茶色の……そうだな、俺よりもほんの少しだけ長い髪の毛を持っている中年の男だった。目の色は黄緑で背はやや高めと言った所か。後は料理が得意だって言ってて、俺達と居る時も黒いエプロンをつけた恰好のままだったな」
「……ん?」
「ねえ賢ちゃん、それって……」
賢吾と美智子は何処かでその容姿に聞き覚えがあった。
『茶髪で、黒いエプロンをつけた中年の男に襲われた……』
レメディオスが鍛錬場で襲われたあの話の件で、その張本人の口から出て来たのもそんな容姿の男だったと思い出した。
「ああ、確かレメディオスを襲ったって言う中年の男もそんな感じだったな」
「ちょ、ちょっと待って。エリアス達はその男の人と戦った?」
容姿以外の情報を聞き出せれば確証が持てる、と踏んだ美智子だったがエリアスは首を横に振った。
「いいや、その男は俺達に君達がこっちの世界に来た時のエピソードを語った後、すぐに姿を消した。この地図を残してな」
「地図?」
「そう、これだよ」
頷いたエリアスは黄緑色のコートの懐をガサゴソと手で探って、丸めて内ポケットに収納してあった1枚の地図を取り出した。