174.戦線離脱
しかし走り出したは良いものの、ここで早速問題が発生する。
空き地の出入り口から左右に向かって路地が伸びているのだが、賢吾は右に行って美智子は左に行ってしまった。
「あ、あれっ!?」
「ちょっ……賢ちゃん!?」
お互いがてっきり自分と同じ方向に逃げるとばかり思っていた為、自分達で離れ離れになったと気が付いた時には既に後ろからそれぞれロルフとクラリッサが追い掛けている構図が出来上がってしまっていた。
こうなってしまえば後はもう各自で逃げるしか無い。
幼馴染に対して心の中で「無事でいてくれ」と願う気持ちだけはシンクロさせつつ、後は自分の足を信じて逃げられる所まで逃げるしか無いとその足に力を入れた。
そんな地球人達を追い掛けて、シルヴェン王国騎士団員達は自分達のテリトリーで犯罪を犯した者を決して逃がすまいと意気込んでいた。
それをそれぞれ指揮するロルフとクラリッサからも大声で指示が飛ぶ。
「1人は向こうに逃げたからクラリッサと一緒に追い掛けろ! もう1人の女は俺と一緒に追い掛けるぞ!! どっちも魔力が無い人間だ!!」
ロルフが美智子を追い掛け、クラリッサが賢吾を追い掛ける形で騎士団員達とのチェイスがスタートする。
(やっぱりあの2人もレメディオスの仲間だったんだな!!)
心の中で確信を持ちつつ、賢吾は足を動かしてさっさとまずはこの路地から脱出を図る。
幾ら王都の中と言っても、メインストリートの人混みの中に紛れ込んでしまえば騎士団員達もなかなか姿を見つけ難くなるだろうと考えての行動だ。
路地裏をバタバタと走り抜ける途中で、ロルフの大声に集まって来た騎士団員達が逃走を阻止するべく賢吾の前に立ちはだかる。
賢吾はそれを小柄な体躯を活かしてスライディングでかわしたり、路地の壁を使って上手く壁キックで回避したりと素早さを存分に発揮しながら逃げる。
絶対に掴まる訳にはいかないので、この状況になってしまったら何でもありだ。
更にメインストリートから離れた路地と言うだけで、騎士団員以外にも住民が歩いているし当然商売をしている住民だって居る。
ただでさえ狭い路地の半分まではみ出しながら食べ物屋の露店を出している住民を目の前に見つけた賢吾は、その露店のテーブルの向こう側からやって来る騎士団員の姿を見つけて更にスピードを上げる。
「うおらああっ!」
雄叫びを上げながらロングソードを振り上げて向かって来る騎士団員に対して、賢吾はそのスピードを乗せた状態のまま踏み切ってジャンプ。
そのまま両足を揃えてドロップキックをかまし、テーブルの上に背中から上手く着地した賢吾はすぐに立ち上がる。
そのテーブルと地面との高低差を活かし、今のドロップキックでよろけながらも何とか持ちこたえた騎士団員の顔面に足の裏で全力のキックを入れてきっちりノックアウトさせてから再び走り出す。
(テーブルがはみ出してたから邪魔だったけど、まさかこんな使い方があったなんて……)
はみ出し厳禁とはたまに見聞きするものの、今の賢吾にとってはそのはみ出しに感謝してもし切れなかった。
しかしまだまだチェイスは続く。
後ろから追い掛けて来る騎士団員の数はやはり多いので、このまま闇雲に走り続けても逃げ切れる自信がない。
それに思わぬ所で行き止まりにぶち当たってしまったら終わりだ。
そう考えていた賢吾の目の前に、今度は大きな路地との交差点が見えて来た。
更に運の悪い事に、何処かの紋章かもしくは店のロゴだか良く分からない大きな馬車がゆっくりとその路地を進んで交差点に差し掛かっていた。
スピードに乗っている賢吾はこのままだと避け切れないと判断し、ズボンが擦り切れるのを覚悟で野球の如く足から尻を地面に滑らせて馬車の下のスペースにスライディングで滑り込んだ。
ズザーっと音がして尻が熱くなったものの、木の車輪に少し掠りながらギリギリで馬車をすり抜けて先の路地へと再び入って行く。
「なっ、何だ!?」
自分が引っ張っていた荷車の下からいきなり人が現れたのを、その馬車の御者が振り返って確認し慌てて馬車をストップさせる。
そのおかげで、賢吾の後ろでは馬車に道を塞がれる形で騎士団員達が路地から出られなくなってしまい、さっさと馬車をどけろと騎士団員達から怒号が飛んでいた。
だが、まだ別の騎士団員達が賢吾を追い続ける。
やはり人数差が大きい為、かわしても倒してもまるでスッポンみたいに別の団員が食らいついて来るからタチが悪い。
段々と自分の息も上がって来たのが分かるし、身体に乳酸も溜まっているのが感覚で理解出来る賢吾は限界を感じ始めていた。
(くそっ、これじゃあ幾ら逃げても埒が明かないぜ!!)
そして何よりも気になるのは、自分とは反対側の方に逃げてしまった自分の幼馴染の事だった。
美智子の場合はこの世界に来てからトレーニングを始め、それなりにポテンシャルもついて来た。
とは言えまだまだスタミナ面では不安が残るし賢吾程の素早さも無い。
今は美智子の無事を心の中で願うしか無い上に、自分の無事も確保しなければならない賢吾はとにかく足を動かし続けた。