173.豹変
「あそこで騎士団の制服を着た人間や獣人に襲われたのよ、私も賢ちゃんも。で、あの屋敷って言うのはレメディオスの部屋から通路が繋がっていたのよね。あの部屋の主であるレメディオスがその通路を知らないとは思えないし、その通路の出入り口を隠す様に本棚で仕掛けがしてあったし何回もその本棚が移動した形跡があったの。あんまり人を疑うのもどうかとは思うけど、私も賢ちゃんもあの屋敷で私達を襲って来た騎士団員が「レメディオス団長」って言ってたのを聞いたのよね。だから色々と関係がありそうな気がするんだけど燃えているあの屋敷とその関係って」
息継ぎをしながら長いセリフで自分の予想を話していた美智子だったが、そこまで話した瞬間突然後ろからグイっと誰かに抱き抱えられて素早く引っ張られる。
「なっ……」
美智子が後ろに顔を向けかけたその瞬間、目の前を銀色の軌跡が走り抜けた。
「いっ!?」
その銀色の軌跡は何処から現れたのかと言えば、思い当たるものは2つしか考えられなかった。
そしてその思い当たった内の1つが、美智子の目の前で華麗なフォームを決めながら静止している。
「……ちっ、運の良い奴だぜ」
ロルフが愛用の槍を振り抜いたフォームをしつつ、舌打ちをしながら賢吾と美智子を睨み据えていた。
その横では既に斧を抜いてクラリッサも臨戦態勢を取っている。
その2人の豹変ぶりを見て、賢吾と美智子はもう後戻りが出来ない所まで来てしまったのだと何も言われなくても分かった。
「色々とそっちにも事情があるみたいだけど、やっぱりあんた等もレメディオスの息が掛かっていたんだな?」
賢吾の問い掛けにクラリッサが鼻で笑う。
「はっ……何を今更。私とロルフとレメディオスの仲が良いのは今に始まった事じゃないし。それよりも……あのレメディオスの隠し通路をどうやって見つけたのかとかこっちは気になるから、捕まえてたっぷりいたぶってあげないとね」
邪悪な笑みを浮かべながらそう言うクラリッサにロルフも頷いて同意する。
「ああ。身体に聞いてでも何としても吐かせてやるぜ。その後で地下牢に閉じ込めて、部下の団員達のストレス解消に殴らせたり蹴らせたり出来る「オモチャ」にしてやるから有難く思えよ、御前等も」
要は捕まってしまったが最後、騎士団員達に死ぬまでサンドバッグにさせられる様なのでそんな未来だけは勘弁願いたい賢吾と美智子は、当然この2人から逃げる事を選択する。
「絶対に嫌だ」
「そうか。それじゃあ御前達を逮捕させて貰うぜ」
だが、この王都シロッコは王国騎士団のテリトリーである。
厳密に言えばレメディオス率いる第3騎士団の管轄では無いものの、シルヴェン王国の騎士団員達はその所属に関係無く、見習い時代に嫌と言う程この王都を正騎士のアシスタントとして色々と付き合いながら巡回する。
それに第3騎士団は確かにメインは魔物討伐や王国領全般の治安維持なのだが、だからと言って王都に精通していない訳では無い。
しかもロルフは副騎士団長、クラリッサは騎士団長と副騎士団長の副官的なポジションであるからこそ騎士団の総本部に居る事も多いので、王都の事なら一般の第3騎士団員よりも精通している。
それに加えて、今この近くで起こっている事態が賢吾と美智子をドンドン追い詰めて行く。
ロルフの口から出て来た「逮捕」と言うフレーズは、賢吾と美智子には「自分達を連れ去る為の言い回し」位にしかその時は考えていなかったのだが、実際の所はもっと違う意味でロルフが使っていた。
「逮捕? 俺達を住居侵入の現行犯で逮捕するのか?」
「それもそうだが……御前等、周りを見て気が付かないか?」
「周り……」
そう呟きながら美智子が顔を動かして周りを見てみる。
今の自分達は何とか炎に包まれた屋敷から、城下町の路地裏にある空き地まで逃げて来たは良いものの、敵になってしまったロルフとクラリッサと対峙しつつ逃げるチャンスを窺っている状況だ。
そこで気が付いたのは、あの屋敷に向かって消火活動の為に多数の騎士団員や魔術師達が向かっている事である。
「それ」に気が付いた美智子が苦笑いを浮かべるのを見て、ロルフが息を吸い込んで大声を上げた。
「おーい、誰か来てくれ!! ここにレメディオス団長の屋敷への放火犯が居るぞ!!」
「なっ……!?」
まさかの展開。完全に冤罪。
屋敷に不法侵入して連行されるのでは無く、屋敷に火を放った犯人として連行されてしまうらしい。
更に今ロルフの口から出て来た「レメディオス団長の屋敷」と言うフレーズもかなり気になる。
「はめたわね、貴方達!!」
憤る美智子に対して、クラリッサはクスクスと意地悪い声と表情で笑う。
「はまる方が悪いのよ。あの屋敷はレメディオスの持ち物だし、元々は王族が敵から身を守る為に造った通路が騎士団の総本部に続いているのよ。貴方達が通って屋敷に侵入したあの通路がね。そんな大事な場所に火を放ったとなれば、どうなるか位は分かるわよねぇ?」
「……くそっ!!」
そんなクラリッサを無視し、今しがたロルフの大声で呼ばれた騎士団員が空き地に集まって来る前に賢吾と美智子は踵を返して逃げ始めた。