172.屋敷からの脱出
「ぐはあっ!!」
炎の向こうから誰かの断末魔が聞こえて来る。
しかしその次に聞こえて来たのは、ガチャガチャと金属音をミックスさせながら炎を突っ切って駆け抜けて来る何者かの足音。
一体誰が来るんだ……と賢吾と美智子は身構えながらその人影を待ってみるが、そこから現れたのは意外な人間だった。
「無事か、賢吾!」
「えっ、ロルフ!?」
何と炎を突っ切って現れたのは槍使いロルフ。更にその後ろにはクラリッサの姿もあるでは無いか。
「何とか無事みたいね。だったら早くここから出るわよ!!」
「お、おい、一体何がどうなってるんだ!?」
「説明は後だ。今はここから出て身の安全を確保するのが最優先だからな!!」
だが正直に言えば、賢吾も美智子もこの2人を素直に信用する気にはなれなかった。
レメディオスの息が掛かっている人間の中で、最もレメディオスの近くに居るのがこの2人であると今まで散々見て来て良く分かっているからだ。
だからここから脱出する時に、もしくは脱出してひと段落ついている時の隙を狙って自分達を殺しに掛かる可能性も大いに考えられるので、足がなかなか進まない賢吾と美智子。
しかし、ここから一刻も早く逃げるべきだとそのロルフの言っている事は正しい。
「おい、モタモタすんなよ!!」
「あ、ちょ、ちょっと!?」
ロルフが美智子を引っ張って連れて行くのを見て考えを強制的に中断される結果になった賢吾も、クラリッサと一緒にその2人について行かざるを得なくなってしまった。
自分達の命の恩人となってくれるのか、それとも自分達の命を狙う敵となるのかが微妙なまま、炎の海となっている屋敷の中を突っ走る賢吾と美智子。
……が、その脱出時の違和感を賢吾と美智子は同時に覚えていた。
(あれっ、熱くない……?)
(この屋敷の中、燃えてる……のよね?)
周りをみれば確かに火の海なのだが、肝心の熱気は全く感じない。
耐火クリームなんて物がこの世界にあるとも思えない以上、火の海に対する考えもまた地球人達の中でシンクロしていた。
(これ、魔術の炎か?)
(魔術の炎よね、これって……)
だったら熱さを感じられないのも正常なのだろうと結論付ける。
しかし、自分達を先導しているロルフとクラリッサの横顔を見る限りでは熱さを感じている様なので、この世界での自分達はやはり異常な存在なのだろうとも同時に思ってしまう。
それよりも気になるのは、ここにやって来た2人が先程まで戦っていたであろう敵の死体が屋敷のエントランスに転がっている事だ。
確かに敵であれば倒して進まなければならないのは分かるが、倒れている死体を見てみると騎士団の制服を着ている人間や獣人達オンリーだ。
やはりレメディオスの息が掛かっている者がまだこの屋敷に居たのだろうと賢吾と美智子は思いつつも、階段を下りてエントランスを突っ切るだけだったのですぐに屋敷からの脱出は成功した。
「よっしゃ、ここまで来れば大丈夫だな」
火に包まれて燃え盛る屋敷を遠くに見ながら、その火の手が及ばない安全な場所まで逃げ切った4人は一息ついて胸を撫で下ろした。
しかし、賢吾と美智子にはどうしても腑に落ちない点がある。
「ねえ、どうしてここに私達が居るって分かったのよ?」
まさかあの隠し通路の存在を知った自分達を追い掛けて殺しに来たんじゃ……と、命の恩人であるロルフとクラリッサにも疑いの目を向けてしまう美智子。
はたから見れば賢吾と美智子の方があり得ない態度なのだが、今までの事を思い返してまだ疑いを解く気持ちにはなれなかった。
だが賢吾の場合は、さっき美智子に対して話が飛躍し過ぎではないかと言ってしまった事もあってなかなかその態度を表には出せない。
「俺達を探していたのか?」
その気持ちを抱えたままやっと出た疑問がそれだったのだが、ロルフとクラリッサはその疑いの目に特に気が付いた様子も無く質問に答え始める。
「ああ、それなんだが……俺達は御前等と別れてから城下町を巡回していたんだよ。そしたら住民が火事が起こってるって知らせに来て来れて、急いで駆けつけてみたらあそこが燃えているのが分かったんだ」
「そうなんだ」
納得する様子を見せる美智子だが、賢吾はまだ納得出来ていないらしく言葉を選びながら次の質問をぶつける。
「ん、でもちょっと待った。あの炎の海を突っ切る時に騎士団の制服を着てた死体が転がっていたんだけど、それについては一体どう言う事なんだ?」
まさか水も被らずに救助活動をしに来た訳では無いだろうが、自分達があの屋敷の中で騎士団員に何回も襲われているんだし、元はと言えばあの通路だってレメディオスの部屋から通じていたんだから騎士団と何らかの繋がりがあるのは理解出来る。
それについて、賢吾の疑問に続ける形で美智子はストレートに自分の予想を述べた。
「私の予想なんだけどね」
「何だ?」
一瞬だけ美智子は躊躇う。
これを言ってしまえばこの後の展開がどうなるのかイメージ出来ない程自分はバカじゃないと思っているが、それでも言うならば今のこのタイミングだと決断して美智子は口を開いた。