171.大火事
その扉から入って来たのは、賢吾が先程地下の大部屋で出会ったのと同じく騎士団の制服に身を包んでいる、狼……では無く犬獣人の男であった。
獰猛そうなその顔つきからドーベルマンをイメージする賢吾に対して、腰に下げているロングソードを引き抜いて無言で一気に2人へと肉迫する犬獣人の騎士団員。
「どいてろ美智子!!」
2人共やられてしまう前に1人でも安全を確保しておけば、最悪の場合でも何とか助けを呼びに行く事が出来るかも知れないとの考えから物凄い勢いで賢吾は美智子を吹き飛ばし、向かって来る犬獣人の騎士団員に立ち向かう。
ただし素手で戦うのでは無く、部屋の中に設置されている暖炉のそばに立て掛けてある火かき棒を手に取っての武器ファイトだ。
今回賢吾が使うのは以前良く使っていた鉄パイプでは無く暖炉の火かき棒だが、それでもお構い無しに向かって来た騎士団員と刃を交える。
だが、その犬獣人の武器はロングソードだけでは無かった。
ロングソードを片手で構えたまま、そのロングソードの鞘をぶら下げているのとは反対側の腰に銃のホルスターの様な物がぶら下がっており、そこから左手で引き抜いた長い道具を賢吾に向けたその瞬間だった。
「うおっ!?」
その道具の先から矢が発射され、賢吾の顔のそばを掠めた事から左手に握られている道具がクロスボウだと判明した。
(と、飛び道具だと……!!)
騎士団員はまずクロスボウの矢で賢吾の気を逸らし、それからロングソードで攻撃して来た。
ドーベルマン(?)の性質なのか、騎士団員は果敢に攻めて来るがそれは賢吾も同じ事。
伊達に格闘家としてトレーニングしていた訳では無いし、この世界に来て騎士団員達を相手にトレーニングをしたり魔物とバトルして来た訳では無い。
カキン、カキンと部屋の中に金属音が鳴り響くが、部屋の外は既に火の海になりかけているので余り時間を掛けられない。
それにこの戦いを続けていれば増援がやって来て不利になる可能性もあるので、さっさとバトルを終わらせてしまいたいと賢吾は考える。
それに今は部屋の中である程度狭い場所だから良いが、距離を取られてクロスボウを連射されたら厄介だ。
ロングソードで上手く賢吾の火かき棒の攻撃を流し、クロスボウを構えて反撃する騎士団員。
しかし賢吾も矢が発射される前に身体を逸らして、火かき棒を騎士団員に叩き込んで矢を撃たせない。
更にそのソングソードを回避した賢吾の前蹴りが騎士団員の腹目掛けて炸裂。
「ぐおっ!!」
しかし騎士団員は後ろに吹っ飛びつつ、自分でも後ろに勢いをつけてクロスボウを構える。
そのまま賢吾目掛けて矢を撃ったのだが、賢吾も咄嗟にしゃがんでそれを回避。
その隙を見逃さずに騎士団員がロングソードで斬り掛かる。
が、そこに割って入ったのが美智子である。
美智子は騎士団員の尻から出ている尻尾を掴み、思いっ切り自分の方へと引っ張る。
「うおっ!?」
突然身体が引っ張られる感覚に騎士団員の男の動きも止まり、それをチャンスだと悟った賢吾は男の手からクロスボウを足で弾き飛ばした。
ガッと鈍い音がして男のクロスボウが部屋の隅まで吹っ飛んで行き、それと同時に男の腹に美智子のキックが入った。
「ぐう!」
更に美智子は男のマントをグルグルとやや強引に首に巻きつけ、思いっ切り自分の方へ引っ張る。
そうすれば当然男の首が絞まる事になる。
「ぐあ、うぁ……」
しかし男も獣人のパワーで対抗して美智子の拘束を振りほどき、彼女をミドルキックで蹴り飛ばして賢吾にも全身全霊を込めてタックルで押さえつける。
そのまま抱え込んで細身の賢吾を投げ飛ばそうとしたが、賢吾はそんな騎士団員の顔目掛けて頭突きを3発連続で繰り出した。
「ぐへっは!?」
そして騎士団員の右腕を掴んで、頭目掛けて4発ハイキックを入れる賢吾。
それによって騎士団員が怯んだ所へ、今度はジャンプからの回し蹴りを騎士団員の頭へとクリーンヒットさせた。
「ごぉあ!」
「いやぁぁぁっ!」
頭に衝撃を受けてふらつく騎士団員の頭目掛け、賢吾は横に火かき棒を振る。
まるで野球のバットの様に振り抜かれたその火かき棒は、騎士団員に強い衝撃を与えて気絶させたのだった。
「峰打ちじゃ、安心せい」
日本の時代劇で見たセリフを、気絶した騎士団員に吐き捨てる賢吾。
峰なのか? と彼はそこで疑問を抱いてからふと思い出した事があった。
(あ……これは本当は「平打ち」だったな、確か……)
祖父から教わった事を思い出した賢吾だが、今はそんな事はどうでも良いのでこの屋敷から脱出する為に美智子の安否確認に向かう。
「美智子、大丈夫か!」
「え、ええ……私は平気だから、ここから早く逃げましょう!」
「それだけ受け答えが出来れば大丈夫だな。分かった、脱出するぞ!!」
後は脱出口を探すだけなのだが、地下を巡っていたら最後はこの部屋に出て来てしまったのである。
つまり、何処から脱出するかと言えば既に火の手が回っているエントランス方面か後ろの窓かしか無い。
しかし、もう迷っている時間は2人の地球人達に無い所にまた新たな足音がエントランスの方から聞こえて来た。