170.追っ手
「あっ、御前!?」
「あっ……」
その入り口から現れたのは騎士団の制服に身を包んだ人間の男。
賢吾は素早く逃げようとするものの、その足元にファイヤーボールが飛んで来る。
「うおっと!?」
魔力を持たない自分や美智子には効果が無いと分かっていても、突然そうやって魔術を使われると驚いて足もストップしてしまう。
その隙に背中の大斧を抜いて一気に距離を詰める騎士団員。恐らくはこの屋敷の中にまだ残っていたレメディオスの手下だろうと頭の中で見当をつけながらも、逃げ切れないと悟った賢吾はすぐに応戦。
(こんな事なら、さっさとあの部屋を調べて美智子と一緒に退散すべきだった!)
しかし、時間を巻き戻す事は出来ないので今はもうこの騎士団員と戦うしか無い。
幸いにも相手は1人だし、ここでさっさと撃退して美智子と一緒に逃げなければ命が危ない。
だが、騎士団員の戦い方はレメディオスやロルフと比べればそれ程上手くは無い筈なのに、何故かそのペースに引っ張られてしまっている様な感覚を賢吾は覚えた。
(くっ……)
大斧に加えてさっきから氷だの風だのと言った魔術が賢吾に向かって来るが、それも今までの日本拳法のトレーニングとこの世界で培った戦闘経験で何とかかわして反撃して行く賢吾。
しかしペースに乗せられやすいのは自分だけでは無く、騎士団員もそうなのかも知れないとも考える。
日本拳法は当然この世界には存在しない為、自分は当たり前に使っていても相手にとってはトリッキーな動きになるその日本拳法のテクニックで翻弄出来るかも知れない。
更に地面に足をついている状態だけでは無く、壁も使って大斧使いの騎士団員に対抗する。
部屋の壁に向かってダッシュし、その壁を蹴って反動をつけて騎士団員にキックする賢吾。
「ぐえ!」
騎士団員もそれに余り怯まず大斧を振るうが、賢吾はその横薙ぎで振るわれた大斧を顔を下に向けて回避し、カウンターで右の裏拳を騎士団員の顔面に入れ、更に大斧を振り抜いた事によってがら空きの騎士団員の右脇腹に左ミドルキック。
それによって騎士団員は大斧を手から落としてしまった。
「ぐうっ!!」
それを見逃さなかった賢吾は前蹴りを騎士団員の腹へ繰り出し、騎士団員の身体が前蹴りで離れるのを見越して、前に向かってジャンプしながら右のパンチを突き出して騎士団員の胸に当てる。
「ぐほは!」
そのままマウントポジションを取って左のパンチを顔面へ2発、胸を掴んで立ち上がらせて右ストレートを顔面に1発、そして踏ん張って騎士団員を持ち上げて投げ飛ばす。
「うらあぁ!」
騎士団員は地面へ投げ飛ばされたがそれでも立ち上がり、回し蹴りを放って来るがこれを素早い動きで屈んでかわす賢吾。
そこに騎士団員がタックルで掴み掛かって来るものの、賢吾は膝蹴りで対抗する。
だが騎士団員は渾身の肘を賢吾の背中に落とし、彼を地面へ這いつくばらせる。
「げぇあ!」
そこに今度は騎士団員がブーツの底で思いっ切り賢吾の後頭部を踏み潰した。
「あがあっ!!」
騎士団員は倒れている賢吾の襟首を掴んで立たせようとするが、賢吾は騎士団員の身体にしがみついて、そこから左のパンチを騎士団員の脇腹に4発叩き込む。
「ぐっ、ぐっ!!」
それを食らいつつ何発も再び賢吾の背中に肘を落とす騎士団員だが、さっきよりも威力が弱かった為それに何とか耐えた賢吾は騎士団員の脇腹に思いっ切り噛み付いた。
「あああっ!?」
それに怯んだ騎士団員の後ろへと賢吾は素早く回り込み、全力で騎士団員を持ち上げて
後ろへ頭からダイブさせた。
いわゆるプロレス技のバックドロップである。
そして騎士団員の頭が地面へ叩きつけられる筈が、後ろの壁が近かった為にそのまま後頭部から壁に叩きつけられる騎士団員。
「ぐぇ……」
やってしまったかと思いつつも賢吾はすぐに騎士団員に向き直るが、騎士団員は口から泡を吹いて気絶しているだけだった。
「セーフ……」
思わずそんな言葉が口から出てしまったが、これにて何とか危機は脱した賢吾はここにはもう用が無いのでさっきの執務室へと戻る事にする。
(追っ手が来ているならさっさとここから脱出だ!!)
上に残して来た美智子は大丈夫だろうかと言う焦りの感情を抱きつつ、急ぎ足で賢吾は駆け出して階段を上って行く。
だが、その執務室では美智子が何やら違和感を覚えていた。
「賢ちゃん!」
「美智子、無事か!?」
「私は平気。でも早くここから逃げないと……この屋敷の中が火事になってるみたいなのよ!」
「へ?」
全く予想だにしていなかったセリフが美智子の口から出て来たが、ふと鼻をつく臭いに賢吾は気が付いて顔をしかめた。
「……確かに、何だか焦げ臭いな」
「でしょ!? それにさっきからだからその扉の外から争う様な物音とか叫び声も聞こえて来ているのよ! この屋敷の中で何かが起こっているみたいだから、もうさっさと逃げましょう!」
「あ、ああそうだな!!」
そう言われてみると、微かにバタバタと慌ただしく走り回る足音や怒鳴り声が確かに聞こえて来ている野にも賢吾は気が付く。
ならば彼女の言う様にさっさと逃げるべきだと思い、後ろの窓を割って外へと逃げようと思った瞬間、バンッと勢い良く出入り口の扉が開いた。