16.異常反応
それはクラリッサの提案が切っ掛けだった。
「一先ず丸腰のままじゃ心許無くて見ている私が心配だから、今はこの短剣を持っておくと良いわ」
何も無いよりマシでしょ?と言いながら差し出された、気絶して倒れて縛られている男が持っていたあの短剣の柄を賢吾は素直に掴んで受け取る。
……筈だったのだが。
バチィィィッ!!
「ぐあっ!?」
「きゃっ!?」
賢吾が短剣の柄を握った瞬間、握った部分からまるでショートした電気回路の如く眩い光が現れた。
それに現れたのはその光だけでは無く、それこそ火花が弾ける様な破裂音と右手から右肩にかけての広範囲の強い痺れと痛み。
そのショックで思わず短剣を取りこぼしてしまった2人は、弾き飛ばされて地面に転がった短剣を見つめてしばし呆然としてしまった。
「な、何だ今のは?」
「何、今の……」
賢吾とクラリッサは短剣を見つめる姿勢と視線そのままに、ほぼ同時に同じ事を呟いた。
「あ、貴方……何かしたの?」
「いや、俺はただ普通にこの短剣を受け取ろうとしただけで他は別に何もしていないぞ!?」
「じゃあ一体何だって言うのよ?」
「俺に聞かれても困る!」
実際、分からないのだから説明のしようが無いこの現象。
賢吾が今の一連の流れでやった事は、彼自身が証言している通り短剣を受け取ろうとして柄の部分を右手で握っただけである。
それなのに右腕全体が痺れを伴う痛みに襲われた。
更に目くらましレベルの発光が賢吾とクラリッサの目に届き、思わず短剣を取り落としてしまった事も忘れてはいけない。
「と、とにかくもう1回試してみれば良いんじゃ無いか?」
「そ、そうね。今のはただの偶然だったかも知れないし、とりあえずもう1回やってみましょうか」
「また起こらない様に祈るしか無いな」
ただ単に物の受け渡しをするだけなのに、何故ここまで緊張しなければならないのだろうか?
そう思いつつも気を取り直したクラリッサが地面に落ちている短剣を拾い上げ、柄の方を賢吾に向けて渡す素振りを見せれば、さっきと同じ様に賢吾もその差し出された短剣の柄を掴んで受け取った。
バチィィィッ!!
「ぐあ!」
「うっ……!!」
またも起こった謎の現象。
さっきと同じく強烈な光と破裂する様な音、そして賢吾の右腕に伝わる痺れを伴う痛み。
2度もこうして連続で起こるとなれば、どうやらこれは偶然でも何でも無いらしいと言う事が右腕の痛みで嫌でも賢吾に認識させてしまう。
「……んだよ、これっ……!」
痛みを逃がす為に右腕を振りつつ、賢吾は再度地面に取り落としてしまった短剣を見ながら悪態をついた。
だが、その賢吾の動きを見ていたクラリッサがこんな疑問を彼に投げ掛けてみる。
「手、痛いの?」
「手だけじゃ無い。右腕全体に痺れる様な痛みが思いっ切り来たんだ。さっぱり意味が分からないけどな」
「え?」
キョトンとするクラリッサが思わず自分の右腕を見つめるそのリアクションに、賢吾も直感的に『何かが違う』と思ってしまった。
そのクラリッサに話を聞いてみると、さっきの不可解な現象に対しての彼女の反応はまた若干違うらしい。
「変ね? 私は特に痛みなんて感じてないけど……」
「何だって? じゃあ痺れてもいないのか?」
「ええ、全然。光で目が痛くなったし音も凄かったけど、私には痛みなんて無いわ」
ならもしかして痛みを感じているのは自分だけなのか?
もしそうだとしたら、ふつふつと自分の中に湧き出て来るこの理不尽な気持ちを賢吾はどうして良いか分からなかった。
(自分が痛い思いしたからそっちもしろよ……ってそう言う訳じゃ無いが、それでも何だか理不尽なものだな)
しかし、それと同時に賢吾の頭にとある疑問がふと浮かんだ。
「この短剣はクラリッサの目から見て何か細工をしてある様に見えるか?」
「えっ……うーん、見た感じだと何処にでもありそうな普通の短剣だし、それこそ城下町の武器屋に行けば幾らでも手に入りそうな気がするけど……それがどうかしたの?」
拾い上げた短剣をジロジロと隅から隅まで舐め回す様に見るクラリッサが賢吾にそう聞いてみると、彼は頭に浮かんだ疑問とそれに対しての推測をクラリッサにぶつけてみる。
「これは俺の推測なんだが、聞いて貰っても良いか?」
「何?」
「今のクラリッサみたいに、俺がこの短剣を持っただけでさっきみたいな現象が起こった。だけどここに来る前に川で水を飲んだよな?」
「ええ。私の皮袋に水を入れてね」
「でもその皮袋を触っても特に何も起こらなかった。と言う事は武器に対して何か秘密があったりするんじゃないかな。それかもしくは俺の体質とかが関係してたりするかも知れない」
「武器、ねぇ……」
アゴに手を当てて考え込むクラリッサに、賢吾はここで1つのお願いをしてみる。
「もし武器に何か関係があるんだとしたら、他の武器でも試してみようと思う。そこでもし良かったらなんだが、君が使っているその斧を俺に持たせてくれないか?」
「これを?」
自分が背負っている、それこそ自分の背丈程もある長斧に手をかけてクラリッサは賢吾を見つめた。