165.一時の休息
「はぁ、はっ、ああ……ちょ、ちょっと休憩……」
床に座り込んで息を整える美智子だが、ふと男だった肉の塊の近くに光を反射する金属製の物体が落ちている事に気が付いた。
(あら、何かしらこれ?)
手を伸ばしてそれを拾い上げてみると、それは腕輪の様なアクセサリーだった。
別に腕輪自体はこの世界観では珍しくは無さそうだが、他にも何か無いかと思って男の懐をまさぐってみる。
だが、他に目ぼしい物は見つからなかった。
(これ1つだけって事は片手の分しか無いのよね? あ、でもリストバンドとかも片手にしか着けていない人が居るからそこはファッションの問題か)
地球での常識に当てはめてみて1人納得する美智子の耳に、誰かの足音が聞こえて来る。
「……!?」
また敵かと思って咄嗟に立ち上がり、とりあえず近くにある改装中の壁の陰に身を隠す美智子。
だがそんな彼女の目の前に現れたのは……。
(あ、あれ……賢ちゃん?)
用心深く部屋に入って室内をキョロキョロと見渡す賢吾の姿を見て、美智子は壁の陰から身を出した。
「賢ちゃん!」
「あっ……美智子!? 無事だったのか!」
「な、何とかね……」
立て続けに、と言っても良い位にこの屋敷に来てからバトルをしている気がして、今しがた殺してしまった騎士団員の男の横で賢吾と美智子は束の間の休息を取る。
あの食堂の従業員達との手合わせと同じ様に、この床に倒れて絶命している騎士団員の男もさっきの剣士の男と魔術師の女のコンビも、更に言えば下の倉庫で縛り上げているあの眼帯の男と槍使いの男も全て2人を明らかに殺しに掛かって来ていた。
服装としてはいずれの敵も騎士団員の制服では無かったものの、あの眼帯の男が口走っていたレメディオス「団長」と言う呼び名からしても、騎士団員もしくはその関係者、あるいはレメディオスの私兵団の団員と言う線も十分にあり得る話だ。
そう思って美智子にその考えを話した賢吾だったが、彼女は別の方向でまた引っ掛かる事があるらしい。
「それもそうなんだけど、私が気になっているのはここで魔物のクローンを生み出しているって内容のこの資料ね」
さっきの襲撃の際に賢吾と別れた後、その資料を少し読みながら美智子は歩いていた。
その後は用心の為に一旦読むのを止め、スカートとパンツの間に丸めて挟んでおいたその紙の束になっている資料を取り出し、クルクルと広げて再確認しつつ賢吾に見せる美智子。
あの薬品漬けの部屋で回収した資料はまだ全て読み終えていないので、その部分を賢吾に見せてみると彼の顔色が変わる。
「もしこれが事実だとしたら、第3騎士団の連中はかなり良からぬ事を企んでいるってのが見え見えだが……気になっているのはそこだろ?」
だがその賢吾の確認は間違いだった様で、美智子は首を横に振った。
「ううん……これはあくまでも私の予想なんだけど、レメディオスの過去の話と照らし合わせて思った事なの?」
「過去の事?」
「ええ。あの食堂の人達と第2騎士団の人達が異口同音で話してたじゃない。レメディオスの過去の失敗について」
「ああ……確か王族の護衛の時に盗賊だか魔物を逃がしたって言うあの話の事か?」
今度は首を縦に振った美智子が、その賢吾の台詞に続ける。
「そう、その話よ。魔物を逃がしたって責任を取らされて辞めさせられたって言う事になっているけど、表向きはそう言う事にしておいて、実際はここでクローンとして生み出した魔物を……」
「お、おいおい待て待て美智子。それは余りにも話が飛躍し過ぎてる気がするぞ」
確かに怪しいとは言え、流石に自分達の命の恩人であるレメディオスの事をそこまで悪く思う事は賢吾には出来ない。
しかし、それは美智子も分かっている。
「だからまだ推測の域を出ないのよ。それは確かに私に取ってもレメディオス達は命の恩人だけど、この紙に書かれている数々の悪事の内容やここで見つけたあの薬品漬けの魔物の部分的な保存部屋を見ちゃったら、悪いけど段々と信用が出来なくなって来ているのよ」
それは言えない事も無いのだが……と複雑な気持ちになる賢吾。
「と、とにかく今はまだここの中を調べないとな。他にも何かあるかも知れないし」
強引に話を終わらせて立ち上がり、再び歩き出す賢吾に続いて美智子も立ち上がって歩き出す。
そんな彼女が、自分の前を行く幼馴染みの背中を見て心の中でポツリと一言。
(上手く逃げたわね……)
今の所、手元にあるのは魔術を駆使した魔物のクローン技術を纏めたあの紙の資料と、その技術に必要なだけの魔力を込めているルビーの様な赤い宝石、そして賢吾があの部屋で殺した金髪の男が持っていたペンダントらしきアクセサリーに、今美智子が何とか倒したこの男が持っていた腕輪の様なアクセサリーで全部だった。
「とりあえず、何かこれを入れる袋が欲しいわね」
「ああ。かなりかさばるし……あ」
だったらシンプルに考えれば良い。
「入れる物が無いなら自分達で身に着ければ良いじゃん」
「あー……そうね。そうしましょうか」
腕輪とかは武器にも防具にも使えるかも知れないと考えてみたが、この後すぐ2人の身に衝撃が走った。