162.通路での遭遇
あの紙の束を始めとした資料や物的証拠の数々を調べるのは後から幾らでも出来るし、2人は身軽な恰好……特に美智子は緑のTシャツに赤いスカートと言うラフな格好なので、スカートとパンツの間に紙の資料を挟んでシャツで覆うのが精一杯だった。
「今度はこっちだな……」
あの部屋を出てからは再び隠密行動に徹する賢吾と美智子は、そのスタンスを保ちつつ会談を挟んで反対側にあるドアを開けてみる。
すると、最初にこの屋敷に来た時と同じ様にまた階段が現れる。
しかし、レメディオスの部屋から繋がっていた階段や地下室からこの屋敷の内部に繋がっていた一直線の階段とは違い、今度は螺旋階段だった。
それを明かり用に取り付けられている壁のランプの光を頼りにして下りて行くと、次はまた通路が二手に分かれている。
「……どうする?」
「分かれるのは危険だ。ここはまず左へ行ってみよう」
「そうすっか」
賢吾の提案で2人は左へと向かう事にして、用心しつつスタスタと歩いて行く。
と、それは突然だった。
曲がり角からぬっ……と大きな身体の人影が現れる。
「っ!?」
「うお!」
それは肩当てや胸当てを身に纏ってハルバードとロングソードをそれぞれの手に持っている、まさしく「戦士」の様な金髪の大男であった。
「何者だ、御前等」
「そ、それはこっちのセリフだ! 御前こそ誰だ?」
「俺か? 俺はレメディオス団長の部下だが……ん?」
レメディオスの部下と言った金髪の大男は2人をジロリと値踏みする様に見て、それからニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
「な、何だよ……」
「へぇ……御前達か、魔力が無いって人間達は」
「は?」
ここはあえて知らない振りをしておく賢吾と美智子だが、自分達の身体に魔力が無いと言うのは恐らくレメディオスからの情報だろうとすぐに察しがついた。
そして、その事実を認めた金髪の大男は次の瞬間いきなりハルバードを振り回して来た。
「おわっ!? お、おい、いきなり何するんだ!!」
「危ないじゃない!!」
金髪の大男はその2人の怒声にも答えず、次はロングソードを振りかぶって来た。
「うおあ!」
この狭い通路では満足に武器を振り回せない筈なのに、金髪の大男はそれを感じさせない動きを見せる。
こっちは2人だが、この場所では戦い難い上に美智子はまだまだ戦力外だと判断した賢吾は、まず何処か広い場所へとこの金髪の大男を誘い込んで勝負に持ち込ませるしか無いと判断。
上手くその攻撃を回避した2人は通路の奥へと走り出すが、金髪の大男は当然その2人の後を追いかけて来る。
しかし、なるべく後ろを見ない様にして走ったその先にはこれで3度目となる分かれ道が。
「くっそ!」
「右よ!」
そうして右へとルートを取ろうとする2人だったが、後ろから嫌な気配が急に現れる。
それを察知した2人は、咄嗟の方向転換で身体を動かしてルートを選ぶ。
その結果、美智子が左に行って賢吾が右のルートへ。
嫌な気配の正体は金髪の大男が投げたハルバードで、それが分かれ道の間の壁に突き刺さったが何とか間一髪で2人はハルバードから逃れる事が出来たのである。
だが、ここで2人が最初に予定していた「纏まって行動する」と言う事が出来なくなってしまう。
何故なら分かれ道に進んだ2人の内、賢吾が金髪の大男にそのまま追い掛け回される破目になったからであった。
(な、何故こっちへ来るんだ!!)
とにかく今は逃げるしかない。
振り返ってこの狭さで戦おうとしても、奴の繰り出す攻撃のリーチの方長いので近づく事が出来ずに刺し殺されてしまうだろう。
しかもそれだけでは無く、金髪の大男はあの大柄な身体に似合わず足も速いので賢吾が反撃する前に一気に距離を詰められてジ・エンドだ。
そんな最悪の結末になってしまうのを避けて、何とか勝負が出来そうな所まで誘い込むしか賢吾にとって今は方法が無いのである。
(何で……何でこうも立て続けに戦う事になるんだよ!!)
美智子の事すら心配する余裕も無いまま通路を走り回り、やっと1つの扉の前に辿り着く賢吾。
その扉をダッシュからのキックで蹴り破ると、そこには予期せぬ光景が広がっていた。
「あ……」
何とそこは行き止まり。
しかも机と椅子と窓以外何も無い、イメージとしてはまるで取調室の様な部屋だった。それ以外に部屋の中にある物と言えば壁に掛かっているガラスのランプ位である。
「はあっ!」
そして賢吾の後ろからはそんな雄叫びが聞こえて来たので、咄嗟に彼はまた横っ飛び。
今度も先程と同じ様にハルバードが窓の下の壁に突き刺さり、更に賢吾の視界の隅にロングソードを振り被って来る金髪の大男の姿が見えたので素早く転がって回避。
「おい、ちょっと待てよ!! 何で俺達を狙うんだ!」
賢吾はそう金髪の大男に向かって叫ぶが、金髪の大男は当たり前の様に理由を口にする。
「何故? 決まっているだろう。御前等が異世界人で団長の計画に目障りだからだ」
「は?」
呆気に取られた表情をしつつ、もしかして……と何かに気が付いた賢吾に対して、金髪の大男は壁から引き抜いたハルバードを一回しして答えた。
「御前とさっきの女には魔力がねーんだよ。こんな経験は俺の人生の中でも初めてだがな。だから御前とあの女をボコボコにしてレメディオス団長に差し出せば、後は団長が何とかしてくれるだろうよ。それに、御前達の方が倒し甲斐がありそうだからなぁ……!!」
くっくっく、と笑いを漏らす金髪の大男に対して、ここでもう戦うしか無さそうだなと考えた賢吾は無言で拳を構える。
(レメディオス団長は俺達にも何かをしようとしているらしいから、ここで何としても生き残ってそれを確かめなくてはな!!)