155.チャンスは必ず巡って来る
「一体あの男が何をしに来たのかは知らないが、余計な詮索は部外者がしない方が身の為だ。それもよりによって城の中をとはな」
「そうですね。……それじゃ、俺達もそろそろ部屋に戻ります」
「ああ」
元々言葉数の少ないレメディオスの短い返事を聞き、賢吾と美智子も仮眠室から出る事に。
だが、仮眠室から出てもまだこの場を離れるつもりは無い。
その行動の理由はこの美智子のセリフから始まった。
「ねえ賢ちゃん、これってチャンスじゃない?」
レメディオスの耳に入らない様に賢吾の肩を引き寄せて、彼の耳元でそう囁く美智子。
その意図を上手く汲み取れない賢吾は、ポカンと口と目を開いて美智子の質問に質問で返す。
「え、それってどう言う事だ?」
「んもー、鈍いわね。今はここに私と賢ちゃんの2人しか居ないんだから、この執務室を探し放題じゃない」
「あ……」
そう言われてみれば確かにそうだ。
どうにかしてこの執務室に入る為の口実を考えていたあの時の光景が脳裏にフラッシュバックして、それが今まさに出来ているじゃないかと気づく賢吾。
「人の不幸を喜ぶのは感心しないけど、確かに今がチャンスだな」
「でしょ。だったら早速行動よ。余り長い時間ここでガサゴソやってると怪しまれるから早めに済ませるわよ!!」
そう、何時レメディオスが起きるか分からない。
それから何時ロルフやクラリッサやメイドや医者がこの部屋に入って来るか分からない以上、緩慢な行動は避けるべきだと地球人達は考えて、早速手分けして捜索開始。
美智子は主にレメディオスの執務机の周辺を探し、賢吾はクローゼットや植木鉢の影と言った隠し場所としてふさわしそうな場所を探す。
何か少しでも手掛かりになる物があれば……とまるで空き巣の様に手早く、しかし大胆に探す2人がこの後に物凄い物を見つけてしまう。
「……ちょっと、ちょっと賢ちゃん」
「何だ?」
「これ……気になるんだけど見てよ」
レメディオスのデスクをガサゴソと漁っていた美智子だったが、彼女はそのデスクの下から気になるものを発見する。
「これ……本、よね?」
「何だこの本?」
何故かデスクの下から不自然に出て来た1冊の本。
それをパラパラとめくってみるが、中身はこの世界の歴史やこの国の成り立ちについての本であり既に図書室で読んだ事のある内容だった。
「誰かここに忘れて行ったんじゃないのかしら?」
「……でも、あのレメディオスがこんな本をわざわざこんな場所に放置したりするかな? 人一倍堅物で几帳面そうなのに」
そう言う身の回りの整理整頓にはかなり口うるさそうなイメージのある騎士団長でも、こう言う場所に本を忘れる事もあるのかも知れない。
とりあえずこの本を元の位置に戻すべく部屋の角にある本棚に向かう賢吾と美智子だが、ここで妙な事に気が付いた。
「あれ……この本棚、既に全部埋まってるぞ?」
「本当ね。何処かにしまえそうな場所無いかしら?」
既にレメディオスの部屋の本棚は本で埋め尽くされており、今手に持っている本を収めるスペースは無いらしい。
……と賢吾が思っていると、美智子が更に不自然な事に気が付いた。
「あれ、ねえねえちょっと待って」
「どうした?」
「これ……本じゃなくて本のカバーだけじゃないかしら?」
美智子が手に取った1冊の「それ」が、本を詰め込み過ぎて妙にへこんでいるのに気が付いたのだ。
普通に本棚に本をしまい込んでも、ギュウギュウ詰めになって取り出しにくくなる事はあっても外から見て分かる位にへこんだりはしない。
「凄いな、良く気が付いたな美智子」
「だってほら、地球で私が住んでいる今の部屋って色々と狭いから本棚も必要になっちゃって。自然と本を詰め込んで収納していたから見慣れているのよ。確かにパッと見ただけじゃ気が付かないけど、奥の方に行くに連れて自然と隣の本との間に隙間が見えているからね……」
そう言う美智子が賢吾に向かって手を差し出せば、それだけで彼女の意図を察した賢吾が手に持っている本を差し出した。
その本をカバーの中に戻し、再度本棚の中に「カバーに入った」本を戻してみる。
すると次の瞬間、スーッとまるでSF作品の様な滑らかな動きで本棚が横にスライドした。
「うお……?」
「きゃっ……!!」
何かあるのでは無いかと思っていた2人だが、まさか本棚がスライドするとは思わず少し驚きのリアクションをしてしまう。
それでもすぐに気を取り直し、本棚の奥から現れた薄暗い通路を凝視する。
その本棚のスライドした方の床を良く見てみると、確かに綺麗に掃除されてはいるもののうっすらと何かを引きずった様な跡があるのが2人とも分かった。
それはつまり、定期的にこの本棚がこうしてスライドしている事の証明になる。
「……行くか?」
「行ってみるしか無いでしょ。逆に今行かないと、もう2度とこの本棚の奥を探る事が出来ないかも知れないんだからね」
「それもそうだな」
美智子の持っているスマートフォンのディスプレイのライトを頼りにして、2人の地球人は薄暗い通路から続く階段を慎重に、しかし素早く下り始めるのだった。
ステージ8 完