148.思わぬ展開
「そうです。団長が忘れているだけですよ」
「そうだったか。……しかしだな、深夜にわざわざ忍び込まなくても良いだろう。おかげで騒ぎになったのだぞ? 団員に言えば私の部屋に取りに来させたものを」
「申し訳ありません……自分の世界との唯一の繋がりですので、これが無いとどうしても不安だったものでして」
本当に申し訳無さそうな表情と態度で謝る賢吾に、全く……とレメディオスはため息をついた。
「とにかく、何か忘れ物をした時は次からきちんと正規の手順を踏め。分かったな?」
「はい、分かりました」
だが、話はそこでまだ終わりでは無かった。
丁度話が終わったタイミングで、クラリッサがレメディオスの部屋に入って来たのだ。
それも息を切らせてかなり慌てている様子である。
「おーいレメディオス、居る!? あっ……賢吾?」
「何だ、騒々しい。ところで先程外が色々と騒がしかった様だが、何かあったのか?」
その騒々しさで目を覚ましてしまったレメディオスがクラリッサに何があったのかを訪ねてみると、彼女はその内容を矢継ぎ早に説明し出した。
「何かなんてものじゃ無いわ。あのワイバーンがまた現れたのよ!!」
「何っ!?」
「え?」
確実にエリアスのワイバーンの事を言っているのだろうが、ここは怪しまれない様に咄嗟に賢吾もリアクションをしておく。
「あ、あのワイバーンってもしかして……!?」
「うん、間違い無いわね」
真剣な顔で頷くクラリッサに、賢吾はさっきのレメディオスと同じくため息を吐き出した。
「はぁ……またあいつ等が俺や美智子を狙って来たのか?」
「そうらしいな。だがお前は私の部屋に忘れ物を取りに来ていて、上手く襲撃を逃れたらしい」
そこまで言われた賢吾は、次の瞬間ハッとした顔で椅子から立ち上がった。
「あっ……そ、そう言えば美智子は?」
「美智子? 彼女なら部屋で寝ているんじゃないのか?」
「いや……俺、美智子に黙って出て来ちゃったから……」
それも全くの嘘だが、次の瞬間その嘘をついた賢吾の頬に痺れる様な痛みが走った。
「何やってるのよ貴方!?」
「はっ?」
クラリッサが賢吾の頬にフルスイングのビンタをかましたのである。
「貴方、美智子ちゃんとは同じ世界の人間なのよね?」
「そ、そうですけど……」
「でしょ!? その美智子ちゃんを助け出した後は、元の世界に帰るまで離れたくないって気持ちがたっぷり出てるのが分かる位に何時も一緒にいたじゃない!? それなのに何で離れちゃったのよ!? こうなる可能性もあったでしょ!?」
(ちょ、ちょっと待て!! 何だこの展開!?)
確かにクラリッサの言っている事は正論ではあるのだが、そもそもこんな展開になるなんて思ってもみなかった。
内心でパニック状態になる賢吾に対して、クラリッサの激怒は続く。
「今、ここに来る前に貴方達の部屋に行ったのよ! そうしたら貴方達が居ないからこうしてレメディオスに相談しに来てみたら貴方がこうしてここで話し込んでいるから一安心よ。でも美智子ちゃんの姿は何処にも無いわ!」
「えっ、それって本当か?」
「だからここに慌てて私が来たんでしょ!?」
物凄い剣幕で自分に激怒するクラリッサに対し、賢吾のパニック状態は続く。
そもそも美智子は上手く着地出来たのだろうか?
着地する前に騎士団員に見つかってしまい、もう1度エリアス達と共にワイバーンで飛び去ってしまった可能性も考えられる。
その激怒に対し、今まで成り行きを黙って見守っていたレメディオスがここでストップをかける。
「その辺にしておけクラリッサ。今はそれよりも美智子を探すのが先だろう」
「……そうね。謎のワイバーンの事もあるけど、とにかく今は美智子ちゃんを探すのが先ね」
レメディオスのストップに冷静さを幾何か取り戻したクラリッサは、乱れた髪の毛を掻き上げて息を吐いた。
「とにかく私達はこれから引き続き美智子ちゃんを探すわ。それから謎のワイバーンの行方もまた探らなきゃいけないわね」
そう言い残して部屋を出て行ったクラリッサの閉めたドアを見ながら、茫然とした口調で賢吾が呟く。
「く、クラリッサってあんなキャラでしたっけ……?」
「キャラと言うよりも、今は御前のした事に対して怒っているんだろう。元々クラリッサは気が強い性格の女だからな。一旦激昂するとなかなか止まらないんだ」
相変わらずの落ち着いた口調でレメディオスがそう言うが、賢吾はまだ落ち着けていない。
(どうしてこうなった……)
思わぬ展開が続いてそろそろ精神的に限界が来ているのは間違いない。
またしても誘拐され、ワイバーンで運ばれた先でエリアス達の正体を知り、この騎士団の内情を探る様に約束させられてここに戻って来てみれば騒ぎになり、咄嗟に誤魔化して上手く行ったかと思えば今のクラリッサからの説教とビンタ。
「そ、そうですか……。それよりも俺も美智子を探しに行って来ます……」
何がどうなっているのか頭の中を整理する時間が欲しいと思っていたその矢先、不意にクラリッサが今しがた出て行ったドアがまた開いた。