139.深夜のフライト
トレーニングも食事も終わり、夜も更けたのでその日もベッドに入って身体を休める事にする。
「お休み、賢ちゃん」
「ああ、お休み」
とにかく早くレメディオスから移動の指示が出る事を願いつつ、就寝を始める2人。
だがベッドに入ってから10分位経った頃だろうか。カツン、カツンと窓の外から何か妙な音が聞こえて来る。
「……美智子?」
「え、何?」
「あ、お前が出してる音じゃないのかこれは」
「ああ……何か変な音がするって言うの?」
「そう。最初は美智子が何かしてるのかと思ったんだけど違うみたいだな。何処から聞こえて来てるんだ?」
「窓の外……みたいね」
2人はほぼ同時にムクリとベッドから起き上がり、用心しながらゆっくりと窓に近づく。
魔術や魔物と言う未知の光景がある以上、何が起こってもおかしくないしここ最近の自分達の身に起こった展開を考えると用心するに越した事は無い。
「……どうだ?」
「分からない……まだカーテンも開けてないもん。それにこのまま窓に近づくのは危険だと思うわ」
「それもそうか」
だったらせっかく部屋の外に見張りの騎士団員を回して貰った訳だし、その騎士団員に声を掛けてからの方が危険が少なくて済むだろうと判断した2人は窓に近づくのを止めてドアの方に向かう。
だが、この判断が2人に大きな転機をもたらす事になる。
2人がドアに向かって歩き出した瞬間、ガチャガチャと窓の方から音がして風が吹き込んで来る。
「うっ……!!」
「きゃっ!!」
その風に2人が一瞬怯んだ所に、カーテンを一気に開いて2つの影が飛び込んで来た。
「なっ!?」
「くっ!!」
その影達は、風で反応が遅れた賢吾と美智子にそれぞれ素早く飛び掛かって床に押さえつけて後ろ手に拘束。
更に叫んで声も出せない様に猿轡までかまされて、とどめに体重差なのかいとも簡単に大きめの袋に詰め込まれて肩に担がれて外に連れて行かれる。
(で、デジャヴ……)
(助かったと思ったら連れて行かれて……もう、何なのよこの展開は!?)
無駄に色々と自分達が移動させられている気がして、これではまるで様々な機関で検品を受ける荷物みたいな扱いだ。
場合によってはその荷物以下の扱いを受けている賢吾と美智子は、窓のベランダからさっさと下のベランダを伝って飛び降りた影に担がれて何かに乗せられる。
袋のせいで外の様子は見えないものの、身体に感じるその浮遊感と音から察するにまたワイバーンに乗せられたのだとすぐに気が付いた。
(なっ……)
またこの展開。もう良い加減にしてくれと思ってしまう賢吾と美智子はこれから一体何処へと連れて行かれるのだろうか?
そんなうんざりした気持ちを抱えながら、袋の中に入れて運ばれる事およそ30分。
途中で体感温度が高くなったり低くなったりと、身体には決して良くないだろうフライトを経てようやく何処かにワイバーンが着陸する。
(やっと降りるみたいだな……)
(うえ……気持ち悪い……)
お互いに度合いは違うものの乗り物酔いを発症してしまい、猿轡をかまされているので吐くにも吐けない状況で降ろされた2人はすぐに袋から出されて立たされた。
「う……何処だここは……」
猿轡を外されはしたものの、後ろ手に縛られている両手と足首で縛られている両足は未だに自由になっていない。
とにかくここは何処なのか、そして自分達を連れて来たのは何者なのかを確かめるべく賢吾と美智子は辺りを見渡す。
そんな2人の目の前には、あの睡眠薬で眠らされて連れて行かれた時とはまた違う大きさの屋敷が月明かりに照らされて鎮座している。
そして地球人2人を連れて来たのは……。
「ふー、ここまで来ればもう安全だな」
「やっぱりあんたか、エリアス……一体何の真似だ」
既にほとんど予想がついていたこの事件の犯人の顔が、鎮座する屋敷と同じ様に夜の月明かりに照らされて不気味に輝いている。
その傍らには赤髪のエルマンの姿もあった。
「また貴方達……本当に良い加減にして欲しいわね。今度は一体何処に連れて来たのよ?」
酔い止めが欲しい気持ちで一杯なのを抑えつつ、美智子も目の前に立っている2人に精一杯のトーンで問う。
その気分の悪さを抑えながら聞いて来る彼女に対して、エルマンはしれっとした態度で答える。
「王都からずっと離れた場所にある、この人が所有しているもう1つの屋敷さ。ほら、前回は話の途中で邪魔が入ったからよ。まだ話が終わってないのに騎士団に連れて行かれちまったから、警備が厳しくなる前にまたこうして御前等をさらって来たって訳だ」
「目的はその話を聞かせる為だけなのか?」
何か他に別の意図があるのでは、と勘繰る賢吾にエリアスとエルマンは目配せをする。
「今の所はそうだね。だけどこれは俺達だけじゃなくて君達にも関係のある話だ」
「俺達にも?」
「そうだよ。だから話半分で終わっちゃったこの前の続きを話したい。このままあの騎士団の総本部に居るのは、君達にとっては危険な結末になりかねないんだからね」
「はい?」
「とにかく中に入ってくれ。別に君達に危害を加える為に誘拐したんじゃないんだから」
既にこうして誘拐されている時点で説得力が全く無いのだが、今はとりあえず気になる話の続きを聞く為に屋敷の中へ賢吾と美智子は足を踏み入れた。




