13.正体不明?
その口振りからは無理に気丈に振る舞っている感じでは無く、自然体で自信を持っている感情が賢吾には感じられた。
「またあの騎士団の人間には再会出来る、と?」
「勿論よ。同じ騎士団員の私が信じなくて誰が信じるのよ」
そう言って水の入った皮袋を荷物の中にしまい、腰掛けていた大き目の石からスッと立ち上がって近くの木に結びつけてある馬の手綱を外し始めるクラリッサ。
「もう出るのか?」
「ええ。余り休み過ぎたら立ち上がる気力が無くなるし、何よりもあの魔物についての報告と増援の要請、それに貴方を送り届けるって言う役割が私にはあるからね」
それを聞いた賢吾も、水が入っている皮袋の口を閉じてクラリッサに差し出した。
「もう出るんだったらさっさと行かないとな。廃村の船着場から先は小舟か?」
「そのつもり。さぁ、行くわよ」
手綱を外し終えて、皮袋を賢吾から受け取ったクラリッサは力強く頷いた。
そこは確かに廃村の名前通りに朽ち果てている、全部で10軒程の家しか無い小さな集落だった。
だが、時折窓の中から家の中を覗いてみると妙に整理整頓されている椅子やテーブルのセットがあったりするのが見えて賢吾は違和感を覚える。
「何か、家の中は小綺麗じゃないか?」
賢吾のその質問に、馬を引きながら船着場まで案内役を務めるクラリッサはああ……と思い出したかの様に、しかし振り返る事無く答える。
「ここは騎士団の一時的な駐屯地として使う事もあるから、王国にはそう言う整備係が居るのよ」
「へえ、ちゃんと許可は取ってんだな」
王国が管理している土地だし、そう言う利用目的ならそれもそうかと思いつつ賢吾はクラリッサの後ろについて歩き続ける。
海が近いと言うのは本当らしく、風に乗って確かに潮の匂いがする。
だが、その風が別のものも一緒にどうやら運んで来てしまったらしい。
「……!?」
足を止め、瞬時に周囲を警戒する賢吾。
それに気がついたのか、ブーツを地面に食い込ませながら歩いていたクラリッサが振り返った。
「……どうしたの?」
「何か今、妙な物音が聞こえた様な……」
「物音? 何処から?」
「何処と言われても……」
聞こえて来たのはほんの一瞬であった為、正確に場所の特定までは出来ない。
しかしほんの一瞬、確かに聞こえたザリザリと言う何かが擦れる音。
まるで、誰かが地面に足を擦って歩いているかの様な。
(一体何の音だったんだ?)
賢吾のその疑問はすぐに解消される事になる。
彼を案内するクラリッサの目の前を掠める形で、1本の矢が飛んで来たのが疑問解消の始まりだった。
「きゃっ!?」
クラリッサ、そして彼女の馬も一緒に驚いていななき前足を上に振り上げてパニックになる。
「どう、どうっ!!」
必死に馬をなだめるクラリッサだが、賢吾はそんなクラリッサを横目にその矢が飛んで来た自分の右側に素早く視線を向ける。
すると、廃村の隅に広がっている林の中で何かが動いた。
「おい、誰か居るのか!? 居るのなら出て来い!」
その何かに向かって声を張り上げてみると、賢吾のその大声に反応して薄暗い林の中から姿を現わした何か―どうやら人間らしい―がゆったりとした歩調で弓と矢をそれぞれ片手に持ちながら歩いて来る。
その人間は身に纏った、くすんだ灰色のローブについているフードを目深に被っており、そのローブの端からは金髪がサラサラと弱風に揺られてなびいているのが分かる。
だが、その人間から発せられたセリフは賢吾にとって意味が分からないものだった。
「……まさか、俺の姿が見えているとでも言うのか?」
「は?」
いきなりこの人間は何を言い出すのだろうか?
姿が見えている? そんなの当たり前の話じゃないかと賢吾は目の前の人物に対して答えようとしたものの、そのやり取りを馬をなだめたクラリッサが不思議そうな目で見ている事にも賢吾は気がついた。
そして彼女の口からも同じ様な台詞が出て来る。
「ねえちょっと、誰と話してるのよ?」
「はい!?」
あんたまで一体何を言い出すんだ?
何なんだこれは? もしかしてこれはやっぱりドッキリカメラ番組の一種じゃないのか?
そう思うものの、今までの体験から今ではこの世界がドッキリだとは到底思えなくなってしまっている賢吾は内心でパニックになってしまっている。
それでもそのパニックを何とかコントロールして、若干掠れながらの口調ではあるものの賢吾は自分の言いたい事をローブの……口調と声のトーンからすると恐らく男であろう人間とクラリッサに対して言い始める。
「そっちこそ一体何を言ってるのか理解に苦しむな。それにクラリッサもそうだ。俺には2人の姿はハッキリとこの目で見えているし、自分の言葉で2人の背格好とか着ている服とかを説明する事も出来る」
賢吾は普通に自分の見えている状況を説明し、その上でローブの男とクラリッサの声の方向をそれぞれジェスチャーを入れつつ目を向ける事でアピールする。
だが、ローブの男もそれからクラリッサも納得してくれそうに無かった。