137.誰?
と、その時賢吾が1つ文句を言うべき事を思い出した。
「そうそう、俺と美智子から文句を言いたい選考会のメンバーが居るんだけど」
「文句? 誰にだ?」
唐突な申し出にレメディオスが顔を上げたのを見て、あの時いきなり襲撃して来たカラス獣人の話をする賢吾。
エリアス達の部下の中にはそんなメンバーが居なかった、と記憶している上でのクレームである。
「俺達を助けに来てくれた選考会の人達には感謝しています。けど、きちんと相手の顔も確認しないで攻撃して来るのは少し注意力が足りない気がするんです。だから悪いけど文句を言っておいてくれませんか。あんたのせいで危うく人質が死にかけたんだぞ……って」
あの時はまさに危機一髪の状況で、少し間違えれば死んでいたのだ。
イライラが滲み出ている口調で賢吾はレメディオスにそう願い出るが、当のレメディオスは腕を組んで考え込んでしまった。
「……どうしたのよ?」
思ってもみなかったリアクションを見せるレメディオスに美智子が声をかけると、彼の口からそれこそ思いもよらない返答が出て来た。
「カラス獣人……? そんな選考会の参加者は居なかった筈だが」
「え?」
まさかの返答に対して、そのイライラしている表情が一気に引っ込む賢吾とあんぐりとした口を見せる事になった美智子。
「居なかった……って、え? あそこに派遣されたのは選考会の通過者達じゃ無いのか?」
「そうだ。だが、お前が言っている選考会の通過者の中にカラスの獣人なんて居ない筈だぞ。書類選考の段階では私は少ししか関わっていないから全くと言って良い程知らないが、もしかしたらその中に居た獣人かも知れないぞ?」
しかし、そうなるとあの場所に来ていたメンバー達の中に居るのはおかしい事になる。
その考えを先に口に出したのは美智子だった。
「いやいや、それっておかしくない? だってあそこに派遣されたのは選考会の通過者のチームだったんでしょ? 騎士団の命令で私達を探しに来たのよね? 賢ちゃんも私もそのカラスの獣人があのエリアスとか言う男の人の部下に居ないって言うのは知ってるんだし、だったら選考会のメンバーだとしか考えられないわよ」
一気に捲し立てる美智子だが、冷静にレメディオスが反論を始める。
「お前はそう言うが、もしかしたらそのカラス獣人がまだ把握していないその男の部下だと言う可能性も否定出来ないだろう?」
「う……そ、それは……」
「それにロルフとクラリッサから聞いているが、きちんと君達の顔つきや髪の色、服装と言った情報を提供していると話があった。それもしつこい位にだ。その状況下で間違えるとは考え難いし、選考会のメンバー達には自分達から手を出さないと言うのを教えている」
「そうなの……?」
レメディオスが頷き、今度は賢吾にも疑問からの反論が始まる。
「そうだ。賢吾もその男に選考会のメンバーだと言うのを確認したのか?」
「いえ……いきなり襲い掛かって来たので確認するどころじゃ……」
「ならば私達の派遣した部下じゃない可能性もあるだろう? 向こうの部下達がどれ程の数なのかは知らないが、まだ把握していないメンバーもそれなりに居る筈だ。もっと深く物事を考える様にしないと何時か痛い目を見るぞ」
「……すみませんでした」
「う……ご、ごめんなさい……」
まさかの自分達が怒られてしまうと言う結末でレメディオスとの会話が終了したのだが、そうなるとあのカラス獣人はやはりあのエリアスの部下と言う事になるのかも知れない。
事実がはっきりするまではむやみに人を疑ってはいけない、と言うのを痛感した賢吾と美智子だったが、依然その頭の中にモヤモヤは残るばかりである。
そんな2人が怒られている騎士団の総本部の隣にある、シルヴェン王国の王城ユラベリアの目立たない場所に「それ」は居た。
場所と言っても屋内では無く、人間が簡単に上って来られない様な鉄塔の上に腰掛けているのだ。
(あいつ等の実力はそこそこ出来る様だな。この世界で色々と揉まれて、それなりに少しずつ成長はしているって事か……)
自分の傍らに置いてあるロングバトルアックスを見下ろし、再び騎士団の総本部に顔を向けるカラス獣人の男はゆっくりと首を横に振った。
(だが、まだ足りない。まだあの勢力に対抗するには力も経験も不足している。事実何回かこの世界でも負けている訳だし、数で勝っている相手とこの先戦って行くならまだあの2人は成長しなければならないだろう。その中で真正面から戦うのだけが戦術じゃない、と言うのもいずれ分かるかも知れないな)
自分から何かアクションを起こす事はしないが、魔力を持っていない異世界の人物達だからこそ色々と役に立つと考えた上でこれからの成長を願っている。
(また何処かで会おう。……いずれまた会う事になる。それまで無事で居るんだぞ)
今回の自分の攻撃に耐え切り、なおかつ自分を気絶させるまで追い詰めたその功績は決してレベルは低くないからな、と付け加えてカラス獣人は自分の背中の翼から羽根をまき散らしながら大空へと舞い上がって何処かへ飛び去って行った。