134.機転
「ふう、危ない所だったわね……大丈夫、賢ちゃん?」
「あ、ああ……でも無茶するなよ美智子!」
「ごめん。でもこれで何とかなったから早く行きましょう」
「ああ、そうだな」
せめて今のカラス獣人が死んでいない事を願いつつ、引き続き2人はこの屋敷からの脱出をするべく足を動かす。
危うくやられそうになってしまった所を美智子に助けて貰った結果になったが、移動しながらふと考えてみると何かがおかしい事に賢吾は気付いた。
「なぁ、美智子」
「何?」
「俺達を探してここまで選考会の人達がやって来たってのは分かるんだけど、だったら俺達の背格好とか髪の色とか服装とかの情報を事前に共有してからここまで来る筈だよな、普通は」
「まぁ……普通に考えればそうなるわね。それがどうかしたの?」
「今のカラス獣人って、明らかに俺を見て認識していた筈なのにそれでも本気で襲い掛かって来たんだよ。明らかに俺を殺す気で来てたって言うか……普通は情報が共有出来ていたら、俺の姿を確認して攻撃をストップすると思うんだが……」
ついさっきの唐突なバトルの流れで感じた賢吾の考えを横で聞いていた美智子は、ボソッとシンプルな疑問形で返した。
「共有が出来て無かったって事なんじゃないの? ほら、良く居るじゃない。話をちゃんと聞いてない人」
「……それだけなら良いんだけど、でも何だか引っ掛かるんだよなぁ」
「気にし過ぎかも知れないわよ。それよりも今はここからの脱出よ」
それもそうだと思い直し、手近な窓を開けてさっさと屋敷から脱出する2人。
何も「正面玄関から出なければならない」と言うルールがある訳では無いので、窓から出て裏手の森に向かう。
だが、そこには既に包囲網が敷かれていた。
「見つけたぞ! 保護対象の人間達だ!」
「え……!?」
包囲網と言ってもそれはエリアス達のものでは無く、選考会で選抜された部隊のメンバー達であった。
賢吾と美智子はそのまま選考会のメンバー達に保護され、これ以上ここに居ては危険だと言う事で裏の森を大回りする形で選考会のメンバーの馬に乗せられ、そのまま王都まで戻れる事になった。
その頃、正面玄関の前では食堂の従業員2人とイルダーが合流して色々と話し合いをしている。
エリアスとエルマンの姿は見当たらない。
「……では、主犯の男とその部下達はワイバーンに乗って逃げてしまったと?」
「そうです。くそっ……僕がもっと早く駆けつければ!!」
ここに駆け付けた選考会のメンバー達に対し、自分達の近くに血まみれで転がっているエリアスの部下を見下ろしながらイルダーが悔しそうな声を上げる。
勿論イルダー達が倒した訳では無く、選考会のメンバーにやられた痕跡がまだ片付いていないのだ。
もし賢吾と美智子がこの様子を見ていたとしたら「イルダーと食堂の2人は一体どっちの味方なんだ?」や「その2人は私達を誘拐した男の仲間なのよ!」と言いそうな光景だが、こうした行動を彼らが取るのにはちゃんとした理由があった。
それは選考会のメンバー達が屋敷に向かっているのを知り、会議室から1階まで下りて行く間に食堂のコック長がふとこんな提案をした事から始まった。
「私が思いついた作戦があるんだが聞いてくれないか?」
「作戦だって?」
「そうだ。私達と君が一緒に居るのを見られてしまったら色々とまずい事になるし、ここで全員が捕まってしまえば今まで練り上げて来た計画が全て水の泡になってしまう。だったらいっその事、多少の部下を犠牲にする覚悟で計画を進められる方法があるんだ」
「部下を犠牲にするのは気が進まないが……一応聞こう。ただし時間が無いから手短に頼むよ」
今まで自分の計画について来てくれていた部下達を見殺しにするつもりか、とエリアスは余り乗り気では無いながらもとりあえずコック長の提案を聞いてみる事にする。
「一言で言えば、私達があの2人をここから助け出したと言う事にしておく」
「え?」
唐突過ぎてエルマンは頭が回らないが、コック長と長年付き合いのある狼獣人のコックは何となく彼の言いたい事を察したようだ。
「それってつまり、騎士団に近い俺達もここに連れて来られたって事にするのか?」
「そう言う事だ。私達の方で何とか口裏は合わせるから、あんた達はワイバーンを使ってさっさと逃げろ。そして後日、鷹でも飛ばして連絡をくれ」
しかし、そこに割って入ったのがイルダーだ。
「でも、遅かれ早かれあの2人は僕や君達が仲間だって証言するだろう。その場合はどうする?」
イルダーからやや心配そうに聞かれるコック長だが、それについても嘘を貫き通せる自信が彼等にはあった。
「心配するな。幾ら魔力が無い特異体質の人間だからって、結局は私達よりも騎士団に関わっている時間が圧倒的に短いんだ。となれば私達の方が信用も上だって事になる。考えてもみろ。騎士団に保護されているとは言えまだあの騎士団に関わって日が浅いあの2人の戯言と、長年騎士団に色々と食事を提供したり、メニューの開発をしたりして来て時には騎士団の鍛錬にも参加させて貰っている位の付き合いがある私と……騎士団の人間は果たしてどちらを信じるかな?」