132.辿り着いた場所で
その要領を得ない説明を胸に抱えたままの賢吾を連れて、フードの男一行は川を上ってようやくその日の夕方に屋敷へと帰り着いた。
「ほら、入れ」
拘束されていた賢吾を引きずり下ろした部下達の目の前で、まるでエスコートするかの如く自分で屋敷の出入り口の扉を開く。
「本当に美智子に会わせてくれるんだろうな?」
「ああ」
「無傷だろうな? 何もしてないだろうな?」
「してないさ」
「もし美智子に何か手を出してみろ。その時はあんたから2度と立ち上がれない様にしてやるからな」
「心配するなって」
なるべくソフトな表現で、しかしその時は絶対に許さないとばかりの口調で男に警告する賢吾だが、やっぱり動じずに受け答えをするフードの男に連れられて屋敷の3階へと向かう。
「君が逃げ出したと知った時は彼女も驚いていたね。そして彼女は「私はどうなっても良いから、賢ちゃんだけは見逃してあげて」ってお願いされたんだよ。でも見逃す訳にはいかないんだ」
そう言うフードの男は賢吾を3階の大きな部屋まで連れて来ると、両開きの豪華なドアを開けて中へと招き入れた。
招き入れた、と言うよりもフードの男の部下に半ば突き飛ばされる様にして中に入ったと言う方が正しいのだが。
その大きな部屋は部屋の大きさに見合うだけの大きくて横に長い木製のテーブルが置かれた場所であり、フードの男曰くここは会議室なのだと言う。
そしてそこの一角に座らされて待たされる事およそ5分。
「……賢ちゃん!」
「美智子! 無事だったんだな!」
自分と同じ様にフードの男の部下に連れられて会議室へとやって来た、賢吾の幼馴染の神谷美智子が現れた。
「もうっ、心配させないでよね!」
「済まなかった。美智子はずっとここに居たのか?」
「そうよ。賢ちゃんがここから逃げ出したって聞いて、一体どうなっちゃうのかと思ってたんだから!」
目じりに涙を浮かべながらそう言う美智子に、賢吾は気まずそうな顔のまま何と言おうか考えていた。
だが、その続きのセリフを考えている横からフードの男が口を出して来た。
「感動の再会は良いんだが、そろそろ俺達からも色々と話をさせて貰いたい」
「え、ああ……うん」
男の声にハッとした美智子と賢吾が部屋の中を見渡せば、何時の間にかあの狼獣人のコック、分隊のリーダーである赤髪の男エルマン、今はこのフードの男達の仲間であるイルダー、そして食堂のコック長の4人もこの会議室に集合していた。
その横で、フードの男が賢吾と美智子がそれぞれ座っている椅子の前にあるテーブルの向かいに座り、自分の前で手を組んでその手の甲に顎を乗せるスタイルで口を開く。
「ようこそ我がキーンツ家へ。俺がこのキーンツ家の当主、エリアス・ラヴェン・キーンツだ」
ここに来てようやくフードの男の名前が明らかになった。
考えてみれば、最初にあの島で出会ってバトルしてからと言うもの何だかんだで因縁がある賢吾とフードの男――エリアスだったが、名前が明らかになったのは今が初めてである。
それに、その自己紹介を聞いて賢吾と美智子には思い当たる事があった。
「なぁ、あんたってもしかして……貴族の出身なのか?」
「私もそう思うわ。ここのお屋敷が凄く大きいし、今あなたの口から当主って聞こえたし、これだけの部下を従えるって言うのはそれなりに財力がある人物にしか出来ないと思うし」
今までの展開やこの状況から思った事を言ってみると、エリアスは何の迷いも無く首を縦に振った。
「そうだよ。俺は貴族の出身だ。それなりにカンは良いみたいだね」
全く否定せずに認めたエリアスの口から、賢吾と美智子をこの場所に連れて来た理由がいよいよ語られ始める。
「それはそうとして……君達をここに連れて来た理由なんだけど、前々から俺の元に変な声が聞こえて来る様になったんだ」
「声?
「それはさっき言ってたな。その声がどうかしたのか?」
今まで話が断片的過ぎてさっぱり分からなかったので、その分ここで1から10まで説明して貰わなければ賢吾も美智子も納得出来ないし気が済まない。
「その声が聞こえ始めたのは約半年前だ。普段通りに貴族として国外との取引の業務をこなしていた俺のこの屋敷の中に、突然響いて来た声があったんだ。それは低めの男の声で、俺にこんな事をささやいて来たんだ」
そう言いつつ席を立ち、後ろにある窓を見下ろすエリアス。
だが、そのエリアスの目に全速力で走って来る馬の影が映った。
「ん……上流で捜索させていた部下か?」
賢吾を捕らえて戻って来たので、上流での捜索は既に終わらせていた筈。
そう考えるのはおかしいとなれば、残る可能性はその賢吾を捕らえたあの砦で色々と調査をさせていた自分の部下しか思い当たらない。
「いや、それは無いか。だったら下の砦の奴等かな? でも……それだと俺達がここに帰って来てまだそんなに時間が経っていない筈だから、かなり大急ぎで追いかけて来たのか?」
途中で何度か休憩を挟んでいるから、大急ぎで駆け付ければこのタイムラグは納得出来る。
何をそんなに大急ぎで追いかけて来る必要があるのかとエリアスでさえも疑問に思っていたのだが、そのやって来た馬の騎手から思い掛けない報告をこの後受ける事になるのだった。