130.第3ラウンド
その賢吾は体重の軽さと小柄な身長を最大限に活かして逃げ続ける。
伊達に日本拳法で跳躍力の下地を作っていた訳では無い。
「少し」の時間であれば翼が無くても人間は空を飛べる。
賢吾はそれを、追撃して来ているフードの男の部下達に思う存分見せつけるかの如くアクロバットに、そしてスピーディーに砦の中を逃げ回る。
まだまだ20代の若者で身体の動きにはキレがある賢吾なのだが、それプラス長年の日本拳法の経験とテクニックもフルに使っての逃走だ。
それでも外に飛び出せばすぐに逃げられると思ったのだが、それは甘かったらしく人数差を利用されて上手い具合にまた砦の中に逆戻り。
砦の廊下を全速力で駆け抜け、突き当たりの曲がり角をクイックな動きで曲がって、後ろから追って来たフードの男の部下に足払いをかけて少し足止め。
だが、このまま何時までも逃げ続けられる訳が無いのでさっさとまた外に出て馬の1頭でも奪って逃げるしか無い。
「うおっと!?」
なかなかそうはさせて貰えないらしいので、体力が切れてしまう前に何とか逃げるしか無い。
前から挟み撃ちで躍り掛かって来たフードの男の部下のロングソードを持つ手首を、砦の廊下の狭さを利用して両手でキャッチしつつ、後ろのフードの男の部下達にハイキック。
手首を掴んだままのフードの男の部下を、そのハイキックをかましたフードの男の部下達に向かって突き飛ばし、飛び後ろ回し蹴りで怯ませてから近くにある窓枠に足を掛けて再び外に逃げる。
だが、そのチェイスシーンもどうやらそこまでの様であった。
(な……っ!?)
その窓の下に逃げて上手く着地して中庭に出たまでは良かったが、何とそこにはフードの男が仁王立ちで待ち構えていた。
「ここまでの様だな。1人じゃ出来ない事も世の中には沢山あるんだ。諦めるんだな!」
そう言われても、ここで引き下がる訳にはいかない賢吾は気合を入れてフードの男に立ち向かう。
その短剣を振って先に飛び込んで来たフードの男を避けた賢吾に、次の瞬間横から思わぬ衝撃が襲い掛かって来る。
「ぐわ!?」
フードの男が短剣では無く、賢吾よりも大柄な自分の体格を活かして素早いターンからタックルをかましたのだ。
しかし賢吾もこのまま黙ってやられる訳には行かない。
タックルをかまされて倒れた賢吾の手には、中庭に転がっていた大きめの石が当たったのでそれを掴んでフードの男の顔を殴る。
「ぐぅ!?」
フードの男が怯んだ所で賢吾は石を投げ捨てて飛び膝蹴り。
更にローキックからミドルキック。そのミドルキックはフードの男の股間を蹴り上げた。
「がぁ!」
「おりゃあ!」
フードの男の肩を掴んで勢いのまま膝蹴りをする賢吾。そのままハイキック、ミドルボディブロー、更に回し蹴り。
間髪入れずにフードの男の顔目掛けて2発右と左のパンチ。そして再び回し蹴り。
その蹴りはフードの男の腹に食い込み、フードの男は後ろの砦の壁に吹っ飛ばされる。
「ぬおおおおっ!!」
賢吾が追い打ちを掛けるべくフードの男に向かって来るので、その光景を見たフードの男は咄嗟に今まで握っていた短剣を投げつける。
「うおっ!?」
そのまま賢吾が怯んだ所に前蹴りを食らわせ、素早く懐から取り出した別の短剣を振り被る。
だが賢吾は日本拳法で培った反射神経で、逆にフードの男の腹と顔に左手で連続でパンチをお見舞いする。
それでも隙は必ず出来るので、フードの男は賢吾の一瞬の隙を見逃さずミドルキックを繰り出して彼を吹っ飛ばす。
「ぐは!」
今度は賢吾が後ろに停まっている馬車の幌の部分にもたれかかって崩れ落ちる。
その賢吾が背中の痛みをこらえつつも見つけた物は、馬車の中に積まれている小さな麻袋の荷物。
とりあえずそれを賢吾は武器として投げつけるものの、フードの男は飛んで来たその麻袋を間一髪で避けてそのままダッシュで賢吾の元へ。
立ち上がりかけた賢吾に向け、短剣を使うと見せかけて今度はフェイントで強烈な前蹴りを繰り出す。
これには流石の賢吾も反応出来ず、もろにそのフードの男のキックを食らってしまう。
そうして地面に倒れ込んだ賢吾の腹に、フードの男は更に蹴りを入れる。
「ぐぁ!」
そのままフードの男は間髪入れず、自分の短剣を大きく頭の上に振りかざす。
「おりゃあああああ!」
(やべ……!)
力を振り絞って何とかそれを避ける賢吾。
そのままフードの男に足払いを掛けて倒し、マウントポジションを取って殴りつける。
「っ!?」
「このっ……このぉ!!」
成す術無くフードの男は殴られ続け、そのフードの男のフードを掴んで強引に立たせる賢吾。
そして最後に、精一杯の左ストレートを賢吾はフードの男の顔面に叩き込んだ。
「があ!?」
かなりの勢いで殴った為、賢吾の左手にも痛みが走る。
(いってえ!)
手をブンブンと振って痛みを逃がすと同時に、フードの男が地面に大の字になって倒れ込んで気絶したのを見てバトルが終わったんだと実感する賢吾。
だが、話はそこで終わっていなかった。
再び複数の馬の足音が聞こえて来たかと思うと、砦の前に新たなフードの男の部下達が集結した。
「……あ」
川の別方向の分岐に向かって捜索活動を続けていた部下達が、賢吾に逃げられる前に何とか合流したのだ。
更に砦の中からも今まで振り切っていた筈の部下達が合流して、完全に取り囲まれる事態になってしまった。
その部下達が一斉に武器を構え、賢吾は数の暴力には勝てないと判断してガックリと膝から崩れ落ちた。
(試合に勝って勝負に負けた……か)