128.修羅場の予感
時は遡り、服を乾かしたフードの男が自分達の部下と一緒にあの村で賢吾についての聞き込みをしていた所、あのレメクとフードの男がついに接触した。
「えっ? その人だったら朝早くに馬車に乗って王都に向かったけど」
「何だって!?」
まさかあの男がここに来ていたなんて。
それもどうやらすれ違いのタイミングだったらしく、大きく山脈を迂回して下流側から辿り着いた時には既にその馬車は王都に向けて出発していたらしい。
(確かにここまで来る時に何台かの馬車とすれ違ったけど、俺達はあの男を探すのに必死で馬車に乗っているなんて思いもしなかった……)
あの男はワイバーンはもとより馬のスピードに対抗出来るだけの交通手段を確保したらしく、それがまさかこの村から荷物を王都まで輸送する為の馬車だったとは。
「そ、それでその男が乗った馬車は今頃どの辺りに居るか見当がつかないか?」
「そうねぇ……何時もは向こうの方角に向かって山を1つ超えてから王都に向かうから、その山脈に向かって進んでいる筈なんだけど、この雨だから途中にある古い砦で休むかも知れないわね」
「砦……分かった、感謝するぞ!!」
雨が降り続いているし、せっかく乾かした服がまたびしょ濡れになってしまうがそんな事はどうでも良い。
とにかくあの男を捕まえる事が出来るなら、と腹ごしらえも済ませたフードの男はすぐに馬を駆って部下達と共にその砦を目指す。
何人かの部下は上流へと向かわせ、イルダーや自分の屋敷で待機中の残りの仲間達にも知らせて貰う事にする。
そして、レメクから教えて貰ったその砦には心当たりがあり過ぎる程だった。
(あそこは取り壊しが決まっているって話だったが、取り壊されると俺達がまずい事になる。色々と俺達が有利になる為の条件があそこの砦にはあるんだからな!!)
騎士団で管理しているあの砦が取り壊されてしまったら、自分達が王国とやりあう時にかなり不利になってしまう。
半年前に管理を止めたとなれば取り壊しまでもうそろそろ時間が無い。
騎士団がちょくちょく様子を見に来ている事も知っていて、その取り壊しのスケジュールも進められているのならその前に何としてもあそこの砦の物資を確保しなければならないのだが、取り壊しが決まってからも騎士団の訪問も活発化していてなかなか内部の調査を進められていなかったのだ。
(あの男がもしあの砦の秘密に気が付いて、そして騎士団にその事を報告してしまったらかなりまずい状況だ!!)
その前に何としてでもあの男を止めなければならない。
馬の体力を心配しながら、それでも出せるだけのスピードでフードの男達はこの雨の中で砦に急ぐ。
(イルダー達もワイバーンで合流する様に頼んであるし、後はあの男が砦で休まないでそのまま山を越えてくれれば1番良いんだけどな!!)
そのフードの男の願いも空しく、賢吾は砦の中を色々と調べて回っていた。
地球の中世ヨーロッパ時代でもこう言う砦が使われていたのは世界史で見聞きした覚えがあるし、異世界の砦がどんなものなのか興味があるからだ。
どうせこの雨が降っている間は馬車への負担も考えて動けないのだからと、御者の男に色々案内して貰っていた。
「こう言うのを見るのは初めてなのか?」
「そうなんですよ。俺が生まれ育った環境だと全然身近な存在じゃなかったんで」
「そうなのか。あ、ほらこの先が見張り台だよ」
賢吾を不思議そうな目で見つめながらも、御者の男は何回かこの砦で雨宿りをした経験があるのでまるで自分の所有物の様に案内をしていた。
馬車を停めた場所から少し長めの階段を上がり、高台の上に造られているこの砦の内部に入った賢吾はその見張り台の雨に当たらない部分から改めてこの世界の大自然を見てみる。
「うわぁ……」
色々とバタバタしていてゆっくり出来た事なんて数える位しか無いのだが、それだけにこの異世界の大自然をこうして見られただけでもここで休んで良かったかも知れないと思う。
(でも出来れば天気が雨じゃなくて晴れてて、それで美智子と一緒にこの砦からの景色を眺めてみたかったよな)
それに、追われている状況じゃ無ければもっと落ち着いて見られただろうしと賢吾は悔しさを隠せない。
この目の前に広がっている雄大な大自然の何処かに、美智子の姿があるのかも知れない。
本当に残念だが、叶うなら一緒に景色をその目に焼き付けたい。
そう思いながらこの砦の行く末について御者の男に聞き、取り壊しの予定がある事や荷物を運んでいる時にちょくちょく騎士団の人間がやって来ているのを良く見かけると言う話を聞いた賢吾の耳に、遠くの方から地響きと動物の足音が聞こえて来た。
「……ねぇ、何か聞こえませんか?」
「本当だ。これは……馬の足音か?」
かなり長い時間この砦で雨宿りをして、御者の男が砦を案内してリラックスムードだった空気が一気にピリッとしたものに変わる。
空気が変わったのを自分の肌で感じた賢吾は、雨で身体が濡れるのも構わずに見張り台の端まで走って行きその地響きと音がする方へと目を向けた。
「あ、あれは……」
遠目の状態でしか分からないものの、馬の大群が明らかにこの砦へと走って来る光景を今度はその目に焼き付ける事になったのである。