127.急いでも回れない
なかなかのハイペースでガタゴトと揺られながら馬車の中で賢吾が色々と考えてみると、村を出る時のあのレメクの行動には謎も多い。
(ってか捕まえるんだったらあんなもてなしなんかしないで、あそこで俺が寝た後にさっさと捕まえて良い筈なのに何で捕まえなかったんだ?)
仮にあのレメクがフードの男達の仲間だったとしたら、何とか理由をつけて色々と足止めをしながらフードの男達が来るまでの時間稼ぎをするだろう。
少なくとも、自分がレメクの立場だったらそうすると賢吾は不思議でしょうがない。
(やっぱり俺、あの人の行動は理解出来ないな……)
考えれば考える程、レメクの行動が謎なものだと思ってしまうので一旦この事は忘れる賢吾。
それでも、この馬車からいずれ逃げ出さなければならないと言う気持ちは変わっていない。
(今の時点では敵か味方かも分からないけど、今までのパターンを考えると……)
食堂の従業員達の事もあるので、デジャヴにならない様に何時でも逃げ出せる準備と心構えは必要だ。
やがて馬車は休憩の為に、川から離れた場所に建っている砦へと停車した。
「ここでしばらく馬と人間を休ませよう」
御者の人間の男にそう言われ、賢吾はその時が来たかと馬車から降りながら了承の返事をする。
(後はどのタイミングで隙を見て逃げ出すかだな……)
それなりのハイペースで馬車が進んで来た為、既に川も地平線の彼方に消えて見えなくなってしまっている。
逃げ出すに当たっては進む方向を決めておかなければならないので、馬車の御者にこんな質問をぶつけてみる賢吾。
「あのー、王都まで後どれ位なんです?」
「そうだなぁ、この調子だと3日位かな? ここからだと結構離れているし、まだあの山も越えなきゃならないし……」
そう言いながら御者が指を差す方向には、高くそびえ立つ山脈が賢吾の逃走を阻む壁となって存在していた。
「……あれ、超えるんですか?」
「勿論。と言っても馬車も通れる位にちゃんと道も広いし整備されているし、定期的に魔物の駆除も入っているから安心しなよ。あの山脈は他国が攻めて来た時の自然の防壁みたいなもんだからあれ位高いんだ」
「そ、そうですか……」
自然の防壁と言われるならその高さも納得出来るが、これじゃあ上手く逃げ出せたとしても上手く逃げ切れる自信が無くなってしまう。
だったら別のルートを探すしか無いと思い、賢吾は次の質問を口に出す。
「ええっと、それじゃあ何処か別の町とか村に寄って色々身支度整えたり、別のルートで王都に向かったり出来ないんですか?」
自分の希望を込めた質問だったが、それに対しても御者の男は首を横に振った。
「それじゃ余計に時間が掛かっちまうよ。今運んでいるこの荷物は結構急ぎの荷物でな。朝早く出発出来て良かったと思ってるし、俺達は何時もこの道を通って王都まで行ってるんだからルートの変更は出来ないな」
「そうですか……」
急がば回れ、の精神で別のルートを進んででも王都まで行こうと思っていた賢吾だったが、やはりそう都合良く物事は進んでくれない様で。
雨が強くなって来た事もあってやっぱりどうあがいても今の段階での逃亡は不可能だと判断し、また次のチャンスを待つ事にする。
砦の中へと雨宿りで避難した賢吾は、次にこの砦について聞いてみる。
「この砦って見た所ずいぶん古いですけど、ここってまだ使われているんですか?」
「いいや、ここはもう使われていない所だよ。だからこうして雨宿りに使えるんだ」
「そうなんですね。やっぱりあれですか、あの山脈が自然の防壁となっているから使われなくなった感じですか?」
しかし、実際の所は違うらしい。
「いや、ただ単に老朽化で後は取り壊される予定だ。元々国境はこのすぐ近くにあったんだけど、今は少し領土が拡大されてこの砦も要らなくなったんだよ。新しい砦が今の国境近くに数年前に建設されたんで、つい半年前位にここの砦が役目を終えたって訳さ。俺達みたいに勝手に入り込む奴等が居ると困るからって言うんで、取り壊しも決まったんだよ」
「半年前ってなかなか最近じゃないですか」
「そうさ。だからこれからもちょくちょく雨宿りに使わせて貰おうと思っていたんだけど、取り壊しが決まったんじゃあ別の雨宿り出来る場所を探さなきゃいけねえなあ」
心底残念そうな口調で御者の男が砦の天井を見上げながらそう言うが、彼はふと何かを思い出した様だ。
「……あ、そう言えばこの砦にちょくちょく騎士団の人間がやって来ているな」
「騎士団の?」
「ああ。騎士団の紋章が幌の部分に入っている馬車がここに停まっているのを、こうして荷物を運んでいる時に良く見かけるんだよ。でも取り壊しが決まったんだから、多分その作業スケジュールの打ち合わせだと思うけどな」
「騎士団の馬車が……」
普段であれば「ふーん」で受け流してしまう話題なのだが、騎士団の宿舎のそばで発見したあの地下施設でかなり大きな「何か」を建設しているあの光景を今の会話の流れで思い出す賢吾。
まさかここにも何か……と思っていた矢先、遠くの方から地響きと動物の足音が聞こえて来た。




