125.覚えた違和感
雨が降っていて空が曇っている事もあるのだが、実はまだ夜が明けてからそんなに経っていないらしいので今の時間帯は早朝らしい。
それに馬車もすぐに出せるなら出したいとの話なので、賢吾は汗びっしょりの服から元々の自分の服に着替えてもう出発する事にした。
ここは川のほとりにある村なので、余りゆっくりしているとあの追っ手達が来ないとも限らないからだ。
「ええっと、それじゃもう乗せてって貰って良いですか?」
「そうね。あ、そうそう。これ朝食で馬車の中で食べてね。パンを買い過ぎちゃって余り物なんだけど……」
そう言いながらレメクが差し出して来たのは、紙袋に包まれた数個のパンであった。
「あ……どうもありがとうございます。後……出来れば水も欲しいんですけど」
口が乾いちゃうから……と図々しい申し出をする賢吾だが、そんな彼の申し出にもレメクは嫌な顔を見せずに革袋に入った水も持って来て一緒に渡してくれた。
「これで良いかしら?」
「大助かりです、ありがとうございます」
後はあの追っ手達が来ない内にこの村から離れるだけだが、賢吾にはどうしても気になっている事があった。
「レメクさん」
「何?」
「色々ありがとうございました」
「いいえ、別に私は当然の事をしたまでよ」
「その当然の事って言うのが俺には何だか気になるんですよ。何時もこうして見ず知らずの人間にここまでのもてなしをしてくれるんですか? 俺だって手伝ったのは荷物運び位ですし」
だからここまでされる様な事をしていない気がするんですけど、と自分の正直な困惑の気持ちをレメクにぶつける賢吾だが、そのレメクからは曖昧な答えしか返って来ない。
「まぁ……女の気まぐれって奴よ」
「気まぐれ?」
「うん。魔力が無いって言うのは最初に会った時から気付いていたけど、色々と事情がありそうだしね。それに川から流れて来たって言うのもまた色々とありそうだから、気まぐれで色々してあげたくなっただけ。それ以上でもそれ以下でも無いわ」
「……ああ、そうですか……」
そう言い切られてしまうとそれ以上賢吾は何も追及出来なくなってしまうので、とりあえずそう言う事にしておこうと自分で自分を納得させて馬車に乗り込んだ。
「それじゃ、俺はもう行きます」
「うん。武器も防具も魔術も使えないから大変だろうけど、捜している人が早く見つかると良いわね」
「そうですね。何とか捜し出しますよ。それじゃお元気で」
「そっちもね。それじゃ出してー!」
レメクが御者に声を掛け、ゆっくりと賢吾が乗った馬車は動き出した。
ガタゴトとゆっくり目のスピードから徐々に加速し、1日だけだが世話になった村から離れて行く。
(色々世話して貰ったけど、何だろう……何かが引っ掛かるんだよな)
初めて出会ったばかりの筈の自分にあれだけのもてなしをしてくれるのは、どう考えても気まぐれとは思えない。
それ以上に、何か重要な事を忘れている気がするのだ。
(何だ……本当に何か引っ掛かる。あの時の会話で……)
雨避けの幌が被せられ、荷物に囲まれた馬車の荷台で小さくなったまま考え込む賢吾。
そしてふと気が付いた事があり、それと同時に彼の顔が青ざめて行く。
(……!!)
そうだ、あの時の会話で引っかかっていた原因はこれだったのかと彼は気が付いた。
『うん。“武器も防具も魔術も使えないから大変だろうけど”、捜している人が早く見つかると良いわね』
あの時、特に気にもせずに聞いていたレメクのこのセリフ。
しかし良く思い返してみると、賢吾は彼女に対して「美智子を探している」とは確かに伝えたし結局この村には来ていないとの結果報告も受けている。
(でも俺、あのレメクさんって女の人には俺が武器も防具も魔術も使えないって話してない……よな?)
魔力を感じる事が出来ないから魔術が使えない、と言う予測は自分が逆の立場でも立てられるだろうと賢吾は思うが、武器と防具が使えないと言う予測までは立てられない。
にも関わらず、何故あの女は自分がその特異体質を持っている事を知っていたのだろうか?
(実際にその現象をレメクさんの前で見せた記憶も無いし……)
自分の首筋に冷や汗が流れ、その汗がシャツの後ろ襟を濡らすのが分かった。
(まずい……こんな辺境の村の人間が、何で俺の特異体質の事を知ってるんだよ!?)
今までその現象を目にしているのは騎士団の人間、それから食堂の従業員達と言った城の関係者位しか思い浮かばない。
特異体質の事を知っているのは、そのどちらかの勢力から連絡を受けているから……と思うのが普通だ。
前者の騎士団の人間達ならまだしも、後者の従業員達の仲間だったとしたらレメクを通じてあのフードの男に連絡が行く可能性がほぼ100パーセントだろう。
(くそっ、さっさとこの馬車から降りなきゃ!!)
だが、今の状況からしてすぐにこの馬車から降りるのは無謀だ。
まだそんなに村から離れていないので、ここで早まって降りてしまえば捕まってしまうのは目に見えている。
焦らずチャンスを待ち、何処か適当な場所で休憩を要求してその休憩中に逃げ出そうと賢吾は考えてじっくりとその時を待つ事にした。