11.異変
「……ん?」
森の中から、明らかに真っ赤な光線……地球の経験で言えばレーザーポインターの様な光がまっすぐ戦場の方に向かって伸びているのが見て取れる。
「おっ、おい! あの赤い光は何なんだ!?」
賢吾は指を差してクラリッサの耳元で叫ぶが、当のクラリッサは馬のコントロールに集中しているのか振り向かずに答える。
「えっ!? 何か言った!?」
「だからあの光だよ! 赤い光が見えるだろ!?」
首だけで少し振り向き、そしてすぐにまた視線を目の前に戻すクラリッサ。
「何言ってるのよ? 私には何も見えないわよ!」
「ほらあそこだ、あそこ!!」
片手を離して指差し表示を続ける賢吾だが、逃げる事に必死になっているクラリッサはそんな事に構っている場合では無いのだ。
「それよりも今は逃げる事の方が大事なのよ!」
半ば怒鳴る勢いのクラリッサの剣幕に、それ以上赤い光について今の時点で追求するのをストップする賢吾ではあるものの、その赤い光がやはり気になってしまう。
(戦争とか戦場とかは俺もその現実を経験した訳じゃ無いから分からないが、あの光がさっきの化け物と無関係とは思えない様な……)
もしかしたら照りつける太陽の光が赤い光を生み出したのかも知れないが、何にせよ馬は猛スピードで走っている訳だし赤い光も既に見えなくなってしまった以上はこれ以上考えても無駄だと思い直して賢吾は再度クラリッサの腰にガッチリとしがみついた。
クラリッサの操る馬に揺さぶられ、日本拳法で鍛えている賢吾でも乗り物酔いをしそうになっている頃、2人がスタートした場所の騎士団の野営地では炎を纏った巨大な魔物が、地面にその炎の破片をまき散らしながら縦横無尽に騎士団員達を襲っていた。
「うわあああああっ!!」
「くそっ、何なんだこいつは!」
騎士団が今まで討伐して来た魔物とはまるで違うタイプ。
武器で攻撃しようとしても、その身が纏っている炎で武器は焼けてしまうし弓で射ろうにもその身体に矢が届く前に燃やされてしまう。
しかも魔術にも耐性がある様で、騎士団所属の魔術師達が水系統の魔術で攻撃を繰り返しても、一向に炎は消える所か魔術をエネルギーにして更に燃え広がっている様だ。
「おいレメディオス、これじゃ埒が明かないぞ!!」
「くっ……仕方無い、総員撤退だ!!」
遠征部隊を纏めるリーダーとして、魔物を討伐する事よりも大事なものがあると言うのを知っているレメディオスは、ロルフの焦りを多分に含んでいる叫び声で撤退を決める。
レメディオスの指示により、騎士団員達も魔術師達も自分の身を守る事を優先してレメディオスの指示の下で退却を始める。
そんな騎士団員達の撤退風景を見ているのは、くすんだ灰色のローブに身を包んでいる金髪の男。
被っているフードのせいで顔は良く分からないものの、その髪をうっすらと風にたなびかせながら不敵な笑みを浮かべているのが分かる。
「出来は申し分無いが、魔力の消費量が膨大なのは厄介だな。それから攻撃方法もまだ何も無いに等しい。今の状態では短期決着を試みるなら良いが、長期戦には向いていない……か」
ブツブツと確認行為で呟く男のその手には、赤い光を宙に向かって放っている1本の杖が握られている。
騎士団員達が全員逃げてしまったのを見て、男は杖の握り部分に付いている2つのボタンの内、自分の手に近い方のボタンを押した。
すると杖の先の赤い光が、太い1本の線から木の枝の様に何股にも分かれたものに変わった。
(こっちの機能も試しておかなければな。まだまだ騎士団の連中には手伝って貰うとしよう)
そう、この「実験」はまだまだ終わらない。
この男の目的はもっと大きなもの。それも騎士団に大きく関わって来るもの。
その目的を遂行する為なら、自分が騎士団に狙われる危険を冒してでもこの実験を進めなければならない。
「奴等を追え」
杖に向かって自分の魔力を送り込みつつそう呟いた男は、その自分の声に遥か先で反応して分裂し始める魔物の姿を見て、その口元に再び薄く笑みを浮かべる。
1つの大きな個体から分裂し、集団として各方面に散らばって行く炎を纏う魔物達が上手く騎士団員達に襲い掛かってくれるのであれば実験は成功となる。
ついでに1人でも殺す事が出来れば大成功と言って良いだろう。
その為にも事前に魔物が出ると言う情報をばら撒いてから、綿密に騎士団の動きを情報収集をしておいた。
(この実験が成功しなければ俺達の計画の進行に支障が出る)
多額の金を握らせるのを始めとし、色々と裏から手を回して騎士団の内部にも内通者を作っただけの労力に見合う成果を期待するローブの男。そこまでしなければならない理由が今の彼にはあるからだ。
しかしそんな用意周到な彼は、たった1つのイレギュラーな存在にこれから振り回され始めると言う事等は知る由も無い。
そのイレギュラーな存在が自分のすぐ横を走り抜けて行った事にさえ気づかないまま、杖を振るって一心不乱に魔物を操っていたのだから……。




