118.やるしか無い
慌てて引き返そうにも、自分が入って来たバルコニーへの出入り口はそのドア1つだけ。
そのドアの方を振り返ってみれば赤髪のあのリーダーと狼獣人のコック、そしてフードの男……では無くなんと驚愕の人物がそれぞれ仁王立ちで立っている。
「えっ……?」
何故彼がここに居る?
そもそも彼がここに居ると言う事は、彼の今までの行動がまるで理解出来ない事になる。
そんな賢吾の困惑した表情を見透かしたかの様に、3人目のその男が口を開いた。
「……何故僕がここに居るんだ、と言う顔をしているね? 賢吾君」
「そ、そりゃそうだ……だってあんたはこの前、あの通路の先で……」
もはや言葉にすらなるかならないかの声量だが、その男には何とか聞こえてたらしい。
「へぇ、本当にあの場所に君も居たんだね? 僕が先にあそこに潜入したって言うのはコック長から僕も聞いていたけど、色々あってあそこに出向くのが僕の任務だったんだよ」
そう言いつつその男……かつてあの南の村で手合わせをした銀髪の若者、イルダー・シバエフは腕を組んだ。
更に狼獣人のシェフの男が、狼の面影が残るその手でパンパンと音を立てて拍手をする。
「それはそうと、俺達を振り切りかけるとはなかなかやるじゃねえか。だがもうここまでだな?」
じりじりと少しずつ距離を詰めながら歩み寄る狼獣人の男と同じく、賢吾の方に向かって歩き出す残りの2人。
「俺達から逃げようったって、そうはいかねえんだよ」
「君にはまだ死んで欲しくないからここに連れて来たんだよ。さぁ、早く俺達の方に大人しく投降するんだ」
フードの男から以前聞いたのと同じセリフをイルダーが言うが、賢吾は賢吾でそのセリフに対して違和感しか覚えない。
「死んで欲しくないからここに連れて来ただと? 言ってる事とやってる事が矛盾してるだろう。本当に殺さない様にする為だったらあんなでかい生物で俺を襲ったりしないし、さっきだって明らかに俺の後頭部を狙って矢を放って来てただろうが。悪いが信用出来ないし、そっちに投降するつもりも更々無いんだよ」
その賢吾の長いセリフに、3人の追っ手の男達はお互いの顔を見てから頷いた。
「だったら実力行使だ」
「ああ、それしか無え様だな」
「言っておくけど逃げ場は無いんだよ? 怪我をする前に投降するなら今がラストチャンスなんだよ?」
狼獣人の男がバスタードソードを、赤髪のリーダーがロングバトルアックスを、そしてイルダーはロングソードを構えた。
「だから俺は投降するつもりは無い。これが俺の答えだ!!」
そう言いながら賢吾は後ずさりし、チラリと後ろに目を向ける。
そこには落下防止用の柵があり、屋敷の前には最初に目覚めた部屋と同じ様に森が広がっている事から、このバルコニーの向きはあの部屋の場所と同じなのだろうと見当がついた。
それでも諦めずに柵に背中から寄り掛かって、半身を乗り出す状態で周りをキョロキョロと見渡してみると、バルコニーを支えている太い柱が目に入った。
「……!」
やるしか無い。もう迷っている時間は無い。
狭い廊下で戦うならともかく、この広い場所で3人相手と言うだけでも勝ち目は到底無い。
なのに3人とも武器を持っているので絶対と言って言い程に勝ち目は無い。
だったらその勝率ゼロパーセントの状況で3人に立ち向かうよりも、リスクがあろうが逃げられるルートを選択するのは当たり前の話だ。
「ふっ!」
落下防止用の柵を一気に飛び越え、その先の僅かなバルコニーのスペースを小走りで走り抜ける賢吾。
足を踏み外したら一気に落下してしまうシチュエーションだが、そこは長年の日本拳法のトレーニングで鍛えられたバランス感覚と強靭な足腰でバランスを取って一気に柱の近くへ。
「なっ!?」
「あいつ、何をするつもりだ!?」
3人の男達も当然賢吾を追って来るのでここまで来たらもう引き返せない。
意を決して賢吾はバルコニーの端に手をかけてぶら下がってから、そのバルコニーを支えている太い柱にちょっとジャンプして飛び移ってから大きく両腕と両足を広げた状態でしがみついた。
そのまま木を滑り降りるかの如くスルスルスル~っと1階部分まで降りる事に成功した賢吾だったが、それで諦める様な3人の男では無い。
「くっそ、あいつ……!!」
「俺達も追うぞ!!」
「勿論だ!!」
賢吾以上の運動能力を持っているこの3人も、武器を一旦しまってから同じ様に1階部分まで柱を伝って降りて行く。
賢吾もそれは頭の中でシミュレーションしていたので、追いつかれる前に何処かに身を隠さなければいけない。
正面玄関の前には大きな屋敷の定番とも言うべき中庭があり、そこを一気に駆け抜けようとした賢吾だったが直前で踏みとどまる。
(ダメだ……かなり見張りの数が多い!!)
どれ程の人数かは知らないが中庭には大勢の人影が見えるので、一気に突っ切ろうとすればそれだけで捕まるリスクが高い。
ならば裏の方に回ってみようと思い立ち、賢吾は息つく暇も無く再び走り出した。