116.見知ったあいつ(デジャヴ)
(あれ、あいつ……)
それは久し振りに見る顔だった。
と言うよりも、何故この場所に彼が居るのかと驚きを隠せない賢吾。
身を隠す為のドアのドアノブを引っ張っているその右手の力が思わず緩んでしまい、慌ててドアノブを再度引っ張り直して隠れる場所を確保。
「くそ、何処に行ったんだ!?」
「おい、下を見に行くぞ!!」
その男と一緒に居る男……であろう声の主の姿は丁度見えずじまいだったが、ドアも閉めないままバタバタと足音を響かせて慌ただしく部屋を出て行ってしまったのもあって、賢吾もこの部屋から出られる事になった。
(やっぱり鍵が掛かっていたみたいだ。でも、意外とこう言う場所って見つかり難いんだよな)
灯台下暗しとは良く言ったものである。
その姿が見えた男は、自分の記憶に間違いが無ければ久し振りに見た顔である。
(あれって確か、えーと……あの盗賊団の分隊のリーダーだったっけ?)
騎士団について行ったあの最初の洞窟探索。
その洞窟の最深部で自分に襲い掛かって来た、あの赤毛の男であった。
(確かあの男、騎士団に捕まって牢屋に入れられていたんだが……その後に別の場所に護送する時に脱走したって話だったな)
フードの男を追いかけるのと同時にあの赤毛の男の行方もロルフが捜していた筈なのだが、その男がここに居ると言う事は少なくともあの食堂の従業員達と繋がりがあると言う事だろう。
(こっちも灯台下暗しだったって言うのか?)
真実は意外と近くにあると言うが、食堂の従業員達があの男をかくまっていたとなればこれはもう王国騎士団と敵対しているとしか考えられない。
(王国へのクーデターを企んでいるって事なのか? 何にせよ、さっさとここから抜け出して騎士団のみんなに知らせなきゃな!!)
結果はどうであれ部屋からの脱出ルートは確保出来たので、賢吾はこのチャンスを逃す筈も無く部屋をさっさと出る。
さっきの2人組が自分を見つける前にこの場を離れた方が良さそうだ。
部屋から出てみれば、そこは何処かの大きな屋敷の中らしいと言うのがイメージ出来たが何があるのかわからない。
騎士団の総本部みたいな建物の造りと言えば造りだが、どちらかと言うと中世の貴族の屋敷と言うのがしっくり来る。
大学2年の時にイタリアに海外旅行に行ったと言う美智子から見せて貰った、中世の貴族が住んでいた屋敷のあのイメージそのままだ。
(そう言えば、美智子は……?)
確かあの睡眠薬を入れられた食事を摂ったのは、自分だけでは無くて美智子も一緒だった筈。
この屋敷の何処かに居るのだろうか?
それとも何処か別の場所に連れ去られてしまったのだろうか?
美智子を探さなければいけない、あの赤毛の男と食堂の従業員の関係も調査しなければならない、その前にそもそもここから脱出しなければいけない……とちょっと考えただけでもやる事が山積みなのだが、1つずつ確実に潰していかなければ。
人の気配がしない屋敷の中を歩き、1つずつ部屋のドアを開けて美智子が居ないかを確認する賢吾。
しかしそうそうすぐには見つからない。
(ここも居ない……)
さっき窓から外の様子を見る限りそこまで広い屋敷では無いらしいのだが、流石に5階も階数があるとなると捜すのは骨が折れそうだ。
それでも「一緒に地球に帰る」と約束している以上、美智子を見つけられないまま自分だけ地球に帰る訳にはいかない。
さっきから人の気配が無さ過ぎるのも不気味だが、何処かで待ち伏せでもされているのだろうか?
トレーニングとは言えあの食堂の時と同じ展開はかなりきついので、もしそうなった場合は何とかなるべく戦わずに逃げ出したい所だ。
(だけどこの展開、かなりデジャヴだよな)
地下の施設でイルダーを見かけた時と同じくまたその顔を拝む事になった、あの赤髪の男。
美智子と一緒にさらわれてしまい、危うく売り飛ばされそうになってしまった奴隷船での出来事。
トレーニングの時と同じく、大きな建物の中を警戒しながら歩くと言うこのシチュエーション。
過去に同じ様な体験を色々して来たからこそ、デジャヴがより一層強く感じられる今の状況。
どうしても不安な気持ちが心の中に生まれる中で、彼を支えているのは「美智子と一緒に地球に帰りたい」と言うその気持ちただ1つなのだ。
(それに俺、あんな事ついうっかり言ってしまったからな……)
思い出すだけでも恥ずかしくなってしまう、つい最近のあの出来事。
あの食堂の従業員達とのトレーニングの翌日に、気絶から目が覚めた自分と会話をしていた美智子に対して勢いに任せて思わず口走ってしまった……。
『何を言うか。確かに日本拳法もそうだけど、それ以上に俺は……』
これ以上は本当に思い出したくない。それこそ穴があったら入りたい。
何であの時あんな事を言ってしまったのか自分で自分を疑いたいレベルだし、タイムマシンがあれば全力で口を塞ぎに戻りたい気持ちで廊下を進む賢吾の耳に、足音が聞こえて来たのはその時だった。