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114.意図

「あー、腰に痛みが来るわね……」

「力を入れるのもあるが、それ以前に身体を思いっ切り反らすからな。でも最終的に出来る様になったじゃないか」

 およそ3時間に及ぶ特訓の末、元々身体が柔らかい事もあって美智子は跳ね起きをマスターしてしまった。

 まだまだ短期間ではあるものの、これまで少しずつではあるが基礎体力のトレーニングから始まり、日本拳法の打撃技に関節技のトレーニング、武器術に回避術と一通りこなして来た美智子は確実に進化エボリューションしている。

 今までインドア派だった美智子が身体を動かす様になり、その動かし続けて来た身体が「動く事」に慣れて来ている証拠とも言えよう。

 それでも3時間のトレーニングは少しオーバーワークだった様で、ランチを摂ったらそのまま身体を休めたい賢吾と美智子。


 そう考えながら食堂に向かってみると、そこには何とあのコック長の姿が。

「あっ、コック長!?」

「お、おお……御前等か」

「買い出しから戻って来たの? だったら色々と話が……」

 まくし立てる様に離し始めた美智子を手で静止し、食堂の様子を手で指し示す。

「すまん、今は見ての通り手が離せないから夜にしよう。夕飯を用意して待っているからじっくり話が出来る筈だ」

 そう言いながらさっさと厨房へと引っ込んでしまったコック長の示した通り、確かにこの時間帯はランチタイムで騎士団員達で食堂がごった返している。

 ちなみにレメディオスやクラリッサは自室で食事を摂る事が多いらしいので、食堂で遭遇する確率は低いだろうし、実際に今まで食堂で出会った事も片手で数える位しか無かった。

「しょうがないな。夜まで待とう」

「そう……するしか無さそうね」

 確かに忙しい時の仕事を邪魔する事は出来ないので、ここは大人しく賢吾と美智子もランチを摂る事にした。


 そしてランチタイム後のストレッチ、それから鍛錬場で騎士団員達に協力して貰った賢吾の武器術のトレーニングも済ませて鐘が鳴ると同時に2人は食堂の宿舎へ。

 そこの入り口では確かにあの従業員が待っていた。

「来たな。既にコック長は中で待っているから一緒について来てくれ。2階のあの食堂で夕食を用意してある」

「あら、そうなの」

「そう言えば夕食を用意するって言ってたな」

 考えてみれば、自分達は騎士団員でも何でも無いのに結構な持て成しをされていると賢吾と美智子は感じる。

 やはり異世界人だからだろうか? それとも何か別の意図があるのだろうか?


「食事を摂りつつゆっくりと話をしよう」

 賢吾が2階のバトルフィールドとしてジャッキー・チェンの様に椅子をとテーブルを上手く使ったあの食堂。

 そこでコック長から出された出来立ての夕食を、その賢吾と美智子は目の前にして少し固まってしまう。

 もしかしたら毒が入っているんじゃないのか?

 自分達をここで殺すつもりと言うのも十分に考えられる。

 だがそんな事を考えていても身体は正直で、賢吾の腹の虫がその時鳴いたのだ。

「……いただきます」

「おう、どんどん食え」

 狼獣人の男に促された事もあり、賢吾と美智子は素直に目の前に出された料理を口に運び始める。

 最初は不安と恐怖を胸の内に抱えながら口にした夕食だったが、味は別に普通なのでそのまま食べ進めて行く2人。


「どうだ、上手いか?」

「ええ……。それはそうと、私達は色々と言いたい事があってここに来たのよね」

 そう、ここに来た目的は別にこうして夕食をご馳走になりに来た訳では無く、何故昨日の夜の様な突発的なシチュエーションバトルのトレーニングをさせたのか。

 それからトレーニングの内容としては明らかに過激すぎでは無いのか?

 その意図を聞き出さないまま、この食堂の宿舎から騎士団の総本部の建物に帰る訳には行かないのだ。

「昨日のトレーニングなんだけど、あれはちょっとやり過ぎなんじゃないのかしら?」

「やり過ぎ?」

「俺もそう思う。明らかに俺達を殺しに掛かって来ていた様なやり方だったしな。そこのワシ獣人を始めとして、俺達に襲い掛かって来た普通は本物の刃物を使っていた。トレーニングは身体を壊さない様にやるのが当たり前だから色々と安全対策をするだろう」

「…………」

 黙って話を聞き続けるコック長と、そのコック長と同じく口を開こうとしない周りの従業員達およそ10名。


 黙っているのなら好都合とばかりに賢吾は続ける。

「そもそもこの食堂の建物全体を使ってトレーニングをするっていうのも、普通に考えたら……う……ふ、不思議な話だし、それに……ええっと、熱湯とかビンとかを投げつけて来た……う……」

「ちょ、ちょっと賢ちゃん……?」

 何だか賢吾の頭がボーッとして来た。

「何だ、これ……凄く眠い……」

 幼馴染のその異常に美智子が気が付いた時には、彼女にもまた賢吾と同じく眠気が襲い掛かり始めていた。

「ん……っ、えっ、私も……?」

「疲れた……か……?」

 こんな時にトレーニングの疲れが出て来るなんて何て悪いタイミングなんだろう、と思う賢吾と美智子だが、原因は全く別の様だ。

 何故なら、コック長を始めとした周りの従業員達が口に笑みを浮かべていたからだ。

「……何……入れ……た……?」

「睡眠……薬ね……!?」

 2人は襲い掛かって来る強烈な睡魔に勝てず、その場で意識を失ってしまった。

「……良し、このまま例の場所この2人を運ぶぞ!」

 意識を失った2人を連れて、食堂の従業員達が動き出した。

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