10.強襲
「それじゃ貴方を私が連れて行く事が決まった訳だし、私も準備して来るから」
クラリッサはそう言って天幕を出て行き、残された騎士団の団長と副団長でこれからの賢吾の処遇について説明がされる。
「あんたはまず、これからクラリッサと一緒に王都へと半日かけて向かって貰う。その王都では城へ行って、そこでひとまず牢屋へと入れられる事になる」
「牢屋?」
特に悪い事はして無い筈だが……と頭の中にはてなマークを浮かべる賢吾だが、王国側の人間としてはそうも行かない理由がきちんとある。
「今のお前は不法入国者って事になるからな。だからこそ牢屋に入って貰って身柄を拘束したって状況をまずはお互いに作っておかなきゃうるせー奴等が居るんだ。王国騎士団は犯罪者を野放しにするのか……ってクレーム入れる連中がな」
「ああ……」
地球での事案に置き換えてみれば、警察の不祥事が良く新聞やテレビ等のメディアに取り上げられているのを見て、警察そのものの行動に敏感になる様な民間人みたいなもんか……と賢吾は苦笑いしながら納得した。
「後で解放してくれるんだよな?」
「それはそちらの態度次第だが、前提としては約束しよう」
ロルフの説明を聞いた賢吾がそう尋ねれば、念押しするかの様に前置きした上でレメディオスは約束してくれた。
「現れたぞおおおおおおおおっ!!」
「!?」
その声は突然だった。
テントの外から騎士団員と思われる男の大声が響いて来たかと思うと、その瞬間テントの中も外も空気が険しくなった。
「出やがったな!!」
「戦闘準備だ! クラリッサはこの男を連れて逃げろ!」
「分かったわ。さぁ、早くこっちに来て!!」
しかしイマイチ賢吾は事情が飲み込めていない。
「な……おいおい、何があったんだよ!?」
「私達は魔物を退治しに来たって言ったじゃない! それが出たのよ!」
「ええっ!?」
レメディオスとロルフはそれぞれの武器を構えてテントの外へと出て行き、それに続く形でクラリッサに手を引っ張られて外に出た賢吾はその目に信じられないものを見た。
「な、何だあれは!?」
賢吾の瞳の中に収まりきらない程の巨体をしている、四足歩行の動物。
しかしそれは、賢吾が今までの人生において認知している「動物」とは余りにもかけ離れた生物だと言う事が一目見ただけで理解出来るシルエット。
それはまるで、そこだけ山火事が起こっているかの様に身体全体が燃え盛っていると言う、地球の常識からしてみればあり得ない生き物だからだった。
「厄介なんてもんじゃないわよ! 何なのよあれは!?」
賢吾と同じく焦った表情のクラリッサが声を上げつつも、その足はしっかり自分が乗って来た馬の方へと小走りで進み、賢吾を引っ張る手はしっかりと握り締められている。
「あ、あれが魔物か!?」
「そうよ! 貴方は武器も何も持っていないみたいだから、とにかく今は逃げられるだけ逃げるしか無いわ!」
馬までの距離はそんなに無い筈なのに、この非常事態で脳のセンサーがエラーを起こしているのか500メートルにも1キロメートルにも感じる賢吾。
その賢吾はクラリッサの馬に若干もたつきながらも乗り、木に馬を繋いでいるロープを外してから持ち主のクラリッサも賢吾の前にまたがる。
「しっかり掴まっててよ!!」
そう言うとほぼ同時に返した馬首をめぐらせて野営地の外へと向かって走り出した。
この状況では賢吾はクラリッサの馬を操る手綱捌きに身を任せるしか方法が無く、今まで馬に乗った経験もゼロなので彼女に身をゆだねて振り落とされない様にするのが精一杯だ。
炎を噴き上げる身体を持つ魔物とは逆方向に進んで行くクラリッサの馬だが、あの魔物がどう言う生物なのかが全くの未知数である以上、こうして遠ざかって行くにしても油断は出来ない。
そして、あんな生物が存在していると言う事をこうして目の当たりにしてしまったからには、もうドッキリだとか何とかと言ってられない事態に陥っている事を賢吾は感じていた。
だとすればもうこの現実を受け入れるしか無い。
その為にはまず、あの奇怪な生物からクラリッサと共に逃げ切るのが今やるべき事だ。
彼女の馬術がどれ程のものかは分からないものの、それでも彼女に全てを委ねているので賢吾は彼女を信じるのみだ。
「この先は揺れるわよ! しっかり掴まってないと振り落とされるからね!」
そう言うのとほぼ同時、芝や草が生い茂っている開けた区画から狭い山道へと入り、森の木々の間を駆け抜け始めるクラリッサの茶色い馬。
後ろに居る賢吾は振り落とされない様に、がっちりとクラリッサの腰に掴まって体勢をキープする。
段々遠ざかって行くものの、それでも後ろからはさっきの騎士団員達が争う音に間違いないと思われる喧騒が、馬の音と共に嫌でも賢吾の耳に飛び込んで来る。
(何で俺がこんな目に遭わなきゃあ……!!)
クラリッサの腰にしがみついたままブンブンと頭を振り、1度だけ振り返って戦場となった野営地の様子を確認する賢吾。
だが、そのリアクションが賢吾の目に奇妙な光景を捉える切っ掛けになった。




