103.料理作りでアリバイ作り
「そう言う事ならそっちの世界の料理を教えてくれ」
朝のクラリッサとの会話の中で、思わず言ってしまった「今日も食堂従業員達の宿舎に行く予定がある」との美智子のセリフ。
口に出してしまったからには行かないと怪しまれるだろうし……と言う考えで2人はレメディオスにその事を伝えてから宿舎へと向かった。
当然約束をしていないので突然やって来た賢吾と美智子に驚いていた食堂の授業員達だったが、今までの成り行きを話してみた所であの地下施設へと一緒に潜入したコック……その時聞いた話によれば食堂のコック長にこう言われたのだった。
「料理と言えば美智子だろ」
「あれ、賢ちゃんも少しは出来なかったっけ?」
「俺はスーパーで既に味のついた肉を買って来てフライパンで焼いたり、パスタを買って来て茹でたりする位だから一から十までは無理だぜ」
逆に一から十まで出来るのが美智子なので、それならばと美智子は現在住んでいる東京の郷土料理であり日本を代表する料理でもある「天ぷら」を教える事にした。
「こっちの世界には肉や魚のフライがあるわよね?」
「ああ、油で揚げる料理だろう」
「それの私達の国で生み出されたバージョンを教えようと思います。と言っても使う材料が少しだけ変わるだけで手順は殆ど同じ様なものだから、すぐに作れると思うわ」
まずは宿舎の中のキッチンに移動し、天ぷらの材料になる野菜と魚、それから卵と水と小麦粉を用意して貰う。
「これって薄力粉なのかしら……? ねえ、この小麦粉って粘り気が少ない?」
「少ない方だとは思うが」
「じゃあ大丈夫ね。それから油で揚げなきゃいけないから今から熱しておかなきゃ」
まずは材料を適当な大きさにカットし下ごしらえ。
人数は地球人2人を入れておよそ10人程なので、賢吾も手伝って全員で多めに作っておく。
「フライも天ぷらも揚げる手順は同じで、そこでつけるのがこう言う小麦粉ベースの衣かパン粉だけかって違いなのよね」
そう呟く美智子の横で一緒に下ごしらえをしていた狼の獣人のコックが1つ質問。
「肉の天ぷらは無いのか?」
「あるけど私は余り見た事が無いわね。そもそも天ぷらって言うのは元々魚介類と野菜を揚げる料理だから、肉の場合だったら焼いたり煮たりそれこそフライにするのが一般的よ」
「そう、か……」
狼の耳がしゅんと垂れてしまうのを見て、やっぱり獣人は動物なんだなーと謎の感心をしてしまった美智子。
次に衣作りなので水と小麦粉をボウルに入れ、かき混ぜて少しだけ固めておく。
ポイントとしては「揚げる直前」に衣を作るのだ。
そうしないと天ぷらがサクサク揚がらなくなってしまうので、このタイミングも天ぷらを作る上ではかなり重要なのである。
「賢ちゃん、油はどうかしら?」
「ん……まぁ、良いんじゃないのか?」
「……私が自分で確かめた方が良いみたいね。……ん、大丈夫」
魔力で温められた油だが、地球人の2人も油の温度を肌に感じる事が出来るのでここからその熱された油の中に衣を着けた具材を投入する。
ジュワ~っと油の中で揚がり始めた材料を見て、後はこのまま放っておくだけ。下手につついて動かすと品質のダウンに繋がる。
「それじゃ後は揚がるのを待つだけだから、お皿とか用意しなきゃね」
「それならもう用意してある」
手際の良いコック長以下、食堂のスタッフが既に盛り付ける為の皿を用意してくれているのでそれに揚がった天ぷらをヒョイヒョイと載せて行く美智子。
この世界には箸が存在しないので代わりに網杓子を使うのだが、箸よりもこっちの方が安全なので美智子も安心して皿に載せられる。
「さぁ出来たわよ。これが私達の世界の、私達の国の伝統料理の「天ぷら」でーす!!」
テーブルの上に並べられた大量の天ぷらを見て、コック長が感心した声を上げる。
「フライとはまた違うが、これも確かに揚げ物の一種なのだな。これは味次第では食堂の新メニューとして提案しても良いだろう」
「あら、そうですか?」
「ああ。この異世界の料理の見た目はなかなかだが、その肝心の味はどうなんだ?」
早速試食をしようとするコック長以下、王国騎士団の食堂専属従業員達。
だが、ここで美智子は肝心な事を忘れていたのに気がついた。
「あっ、天つゆが無い……」
「あ……」
天ぷらには点つゆがつき物だが、みりんを始めとする天つゆの材料が無いので作れない。
と言っても天ぷらの食べ方は1つでは無いので、ここは塩で食べて貰う事にする。
「何だ、その天つゆと言うのは?」
さっきの狼の獣人がまたもや質問をして来るが、ここは彼が落ち込むのを覚悟で素直に美智子は状況を告げる。
「ええっと……天ぷらには必ずと言って良い程セットになっている「天つゆ」って言うソースみたいなものがあるんだけど、それはあいにく材料が無いから作れないわ。塩で食べるのもそれなりに一般的だから我慢してね」
「……あ、そう……」
さっきよりも狼の耳が垂れ下がったのを見て、何とも言えない気持ちになる美智子だった。