私と彼
私は知り合って3日しか経っていない男の子と付き合うことになった。ただ、それは知り合ってということであり、私は一方的に彼の存在を知っていた。
去年の夏、入院してから、数日経った頃だった。私は、病室の窓を開け、そこから、外の景色を眺めていた。花を咲かせていた桜の木は、その名残を何一つとどめず、ただ、青々とした緑の葉が付いているだけの木になってしまっていた。そんな桜の木が並んでいる道を、何人かの人が歩いていた。ただその中で、一人の男の子が歩くことをやめて、しゃがみ込んだ。そこから、何かを拾い上げると、桜の木に引っ付けた。桜の木に引っ付けられたのは、蝉だった。蝉を引っ付けると、彼は蝉の方を気にしながら、歩き始めた。ただ、その蝉は彼の方へと飛んでいき、彼の前に落っこちた。そんな蝉をまた拾い上げて、桜の木へつけて、また彼は歩き始めた。ただ、その蝉は再び彼の方へと飛んでいき、また彼の前で落っこちた。そんな蝉を彼は無視する事はできず、拾い上げて、また桜の木へつけた。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、蝉は動かなくなった。彼はそんな蝉を見つめ続けて、すこしつついて、動かなくなってしまったのを確認すると、桜の木の下の土に穴を掘り、そこに蝉を埋めていた。
私は彼を優しい人だな、と思いながら、じっと見つめていた。
久しぶりに病室の窓を開けてみると、前に、蝉を拾い上げていた彼が、歩いているのを見た。少し歩くとそこで立ち止まって、何かをボーッと見つめ続けていた。少し変わっている人なのかなと、そんなことを思いながらも、彼と話をしたら、面白そうだな、話をしてみたいなとも思っていた。
ただ、その日、彼は何故か私の元へ訪れた。正直、少し嬉しかったが、それよりも、どうしてという疑問の方が強かったし、初めから少し嬉しそうにするのは、何かおかしいのではないかと思い、あえて、険しい顔をして、睨んでみることにした。
「橘奏太です。年は15歳で、血液型はA型で、誕生日は、9月3日です。あなたの事を教えてください」
少し声が裏返っていて、彼は何か必死に自己紹介していた。そんな彼がおかしくて、笑いそうになったが、それは我慢して、彼と同じように自己紹介をした。
それから、少しの間、たわいのない会話を続けた。たわいのない会話は久しぶりで、とても楽しかった。
そんな会話の中で、彼は、唐突にさっきどうしてあんな表情をしていたのかと尋ねてきた。
彼のその質問に、死にたいからという理由で答えた。そんな自分の答えに困る彼を見て、自分がどんな病気で、余命があと1年くらいしかなくて、それが治る可能性はほとんどないとか、そんな話をした。その時の私の顔を、彼は見ていられないようだった。
「病気を治して、一緒にデートしよう」
彼の言葉は、意外で、一瞬ではあったが、何を言ったのか理解できないほどだった。彼を少し揶揄ってから、いいよという返事をした。
そのいいよという返事は、いきたいという意思からくるものでなく、病気はどうせ治らないという諦めからくる了承の返事だった。ただ、そんな私の返事で、励ますつもりで、言葉をかけてくれた彼が喜んでいるのを見て、この人だったら、行ってもいいかなとそんな風に思った。
また明日もここに来ていいかと、聞いてきたので、少し揶揄ってから、来てもいいよというふうに言ってあげた。そんな私の返事を聞いて、病室から嬉しそうに出て行く彼を私は見つめていた。
その次の日も、彼は私に会いに来てくれた。彼についての質問を幾つかしたり、くだらない会話をしたり、共通の趣味の読書の話をしたりしていると、彼は唐突に、付き合ってほしいと告白をしてきた。
その時、私は、初めて体験するその出来事に、照れや嬉しさがこみ上げてきて、そして、返事をどうすればいいのか困って、自分の顔が今どうなっているかが想像できなかった。
彼の事は、優しくて、少し変わっていて、面白くて、良い人だとは、思っているものの、ただ、それが好きかと言われれば、よくわからなかった。それに、自分はあともう少しで死ぬのだから、自分を好きになる事は辛い事なのではないかとか、ただ、死ぬまでに恋を経験してみたいとかで、心は複雑に混じり、整理ができず、
自分はもう直ぐに死ぬんだよ?という風に尋ねても、間髪を置かずに、返ってくる変わらない想いに、私は、明日に返事をするという答えを返す事しかできなかった。
彼が病室を去ってから、自分はどうすればいいかではなく、どうしたいのかを考えるようにしてみた。
自分は、兼ねてから恋をしてみたいと思っていた。
様々な小説を読んでいく中で描かれる恋に、想像を膨らませていくが、ただ、自分の環境上、経験できるはずもなく、想像だけが膨らんでしまっていて、恋に恋をしているといってもいいくらいに、恋に憧れていた。
つまり、どうしたいのかという事の答えは、彼と付き合うということになる。
彼が好きかは、わからない。ただ、彼と一緒にいる時間は楽しくて、辛い気持ちを忘れさせてくれる。だから、彼の告白を断れば、そんな時間を失ってしまうのでないか。
失いたくない。
そんなわがままで、傲慢な理由から、彼の告白を了承する事にした。
そんな理由からの了承を、彼はとても嬉しそうにしていて、罪悪感が強まった。本当にこれでよかったのだろうか、と考えさせられた。
彼は本当に私を好きでいてくれている。私の返事は、彼の好意を踏みにじってしまうのではないか。そんな風に思っていた。
ただ、そんな風に思ってしまうのは、それから、数日くらいの間だけだった。
それから、毎日、彼は私に会いに来てくれた。話をしたり、本を読んで互いに何も喋らなかったり、自分が本を読んでいる間、区切りがつくまで待っていてくれたり、彼と一緒にいる時間は楽しくて、居心地が良くて、彼がいない時間は、寂しくて、彼と一緒にいたいなとか、思うようになり、もともと彼が好きでそれを自覚したのか、好きになったのかはわからないけど、自分が彼のことを好きだとわかって、今までにあった罪悪感は完全に消え失せていた。
私の誕生日の日には、車椅子で会いに来て、少し心配をした。階段から足を滑らせて落ちて、足の骨を折ってしまったらしい。ただ、車椅子を乗っている理由は、松葉杖より楽だからと、どこか彼らしい理由に、少し安心をした。
自分が少し安心したところで、彼は誕生日プレゼントととして、彼とお揃いの赤い紐のついた栞をくれた。嬉しくて、少しニヤニヤしてしまった。彼の誕生日の日には、何かお返しをしたいなと思った。
自分が死ぬ事を不安に思っているときは、絶対に治るとか、よくわからない自信から断言して、私を励ましてくれた。
そんな日々を過ごして、彼の誕生日を迎えた。
彼の誕生日に何かプレゼントを渡したかったが、何も買うことができなくて、渡す事はできなかった。おめでとうとだけ言って、それだけでとても嬉しそうにしてくれている彼を見て、プレゼントがあったら、もっと喜んでくれたかなと思ってしまって、こっそり抜け出したり、親に頼んだりして、用意すればよかったなと思って、後悔していた。
その次の日、私の余命が短くなったことが、告げられた。あと3ヶ月になったらしい。死にたいと思っていたのに、いつの間にか、死にたくない、生きたいと思うようになっていた。彼と一緒にいたい。もっと話したい。もっといろんな事をしたい。そんな事を思っていた。
そんな時、彼が私の元へ来た。彼を見て、涙が溢れてきた。今までに溜まっていた想いを吐き出した。泣いて、彼の胸にうずくまって、しばらくの間、抱きしめられた。急に泣き出した自分を受け止めてくれた彼の優しさに、心が落ち着いてきて、涙はそろそろ止まりそうになっていた。
彼が私を胸から少し離した。そして、頬に手を添えた。添えられた手に力はなく、少し震えていた。そのまま、目を閉じて、キスをした。
「小春、好きだよ、ずっと」
「私も奏太が好きだよ」
初めて名前を呼ばれて、呼んで、
初めてのキスをした。その日、張り詰めていた心は和らいで、嬉しい気持ちや恥ずかしい気持ちで心が満たされて、幸せな気持ちになれた。
毎日彼は会いに来てくれていた。そんな彼が、初めて彼の前で泣いたあの日、初めて名前を呼びあったあの日、初めてキスをしたあの日、あの日から会いに来なくなった。
彼が会いに来なくなってから、二週間が経とうとしていた。会いたくて、寂しくて、辛くて、彼と会う前のような表情をしていた。ただ、そんな自分にいい知らせが届いた。
ドナーが見つかった。そう医師に告げられた。
それを聞いた時、嬉しくて、涙をこぼした。これで彼と一緒に居られる。一緒にデートをする約束も果たせる。
次の日には、手術をして、それが成功した。これから、彼と一緒に過ごせる。そう思うと嬉しくて、幸福感に満たされた。
手術を終えた次の日、ドアが開いた。彼が来てくれたんだと思って、ベッドから立ち上がると、来たのは彼ではなく、女の看護師だった。嬉しそうな表情をもう一度心に戻して、ベッドに座りなおした。
「これを、君へ渡すようにと」
「私へ?」
それは封筒だった。差出人は、私が待っている彼の名前だった。
彼女はそれを私に渡すと、病室から出て行った。
一人になると、その封筒を開けて、三つに折りたたまれた手紙を開いた。
「拝啓、冬月小春様
字が汚いですが、気にしないでください。
この手紙は、少し前に書いたもので、
この手紙があなたの元に届く時は、手術が成功したということで、
そんなあなたに掛けるべき言葉は、もちろん、
おめでとうな訳で。
とにかくおめでとう。
手紙でしか祝えなくてごめんなさい。
いつも言えない事を、この機会に手紙で書きます。
いつもあなたといると楽しいです。
いつも一緒にいれたらいいのになと思います。
あなたといる時は、幸せです。
何をしている時も、幸せです。
あなたが笑っていても、泣いていても、怒っていても、何をしていたって、あなたがいるだけで、幸せです。
そして、あなたが大好きです。
そういえば、
あなたのどこが好きかということについて、答えられていませんでした。
最初に聞かれた時、僕はあなたの好きなところがわかりませんでした。でも今ならはっきりわかります。
僕はあなたの全てが好きです。
無邪気な笑顔が好きです。
感情がすぐ顔に出てしまうところが好きです。
たまに素直じゃないところが好きです。
素直じゃないなと思っていたら、急に素直になるところが好きです。
本を読むと集中して、何も聞こえなくなってしまうところが好きです。
僕を困らせようと揶揄ってくるところが好きです
寂しい時も、辛い時も、泣きそうな時も、僕の前では笑ってくれるあなたが好きです。
でも、そんな強がりがもうできなくなったら、僕の前で泣いてくれるあなたが好きです。
冬月小春、あなたのことが大好きです。
僕にはあなたに、言わないといけないことがあります。
初めてあなたに会いにいった日、あなたを見かけたのは、病院からの帰りでした。
足を骨折して、車椅子になりましたが、松葉杖でなく、車椅子にした理由は嘘です。
あれは、手足の震えを少しでも誤魔化すために、車椅子にしました。
車椅子になったあの日から、僕は君と同じ病院で入院していました。
小春のことを、あなたと呼んでいたのは、君の名前を忘れてしまうかも知れなかったからです。
何を言っているか、わからないと思います。
簡潔に言えば、
僕には、脳の病気がありました。
余命は初めてあなたに会いに行ったあの日から、半年でした。
あなたに会いにいった理由も、最初に見た時の表情が、僕に似ていて、僕と同じように、大きな病気にかかっているのかなと思い、話をしたら、気が楽にならないかなと思ったからでした。そんな最低な理由でした。
でも、そんな最低な理由からでも、あなたに会いにいった自分を褒めたいです。
あなたと会えて、あなたを好きになって、あなたと恋をした事は、本当に良かった。
初めて話したあの日、自己紹介をしあった後、
僕がなぜさっきあんな表情をしていたのかと聞いたとき、あなたからの返答は、死にたいという理由でした。
今までに軽々しくいう人を見た事はありましたが、本心から言っているように見えたのは、あなたが初めてでした。
言われて正直戸惑いました。困りました。
そんな困っている自分に、あなたは、心臓の病気のことや、余命の事を話してくれました。
僕はあなたの話を聞いて、自分も病気にかかっていて、余命は半年だとか、そんな話をしようと、少し思いましたが、それを口にする事はしませんでした。
それは、あなたの役に立てるかもしれない。僕があなたのドナーになれるかもしれない。そう思ったからです。
血液型は同じだったし、自分よりも余命は長くて、自分が死んだ時、あなたを助けられるのではないか、そう思いました。
数日の間、あなたと話をしたりしていると、あなたのことを愛しく思いました。これが好きという事なんだなと思いました。
僕は生まれて初めての、
生きている中で最後の告白をして、
あなたは了承してくれて、
そして数日過ごす中で、あなたを死なせたくないと思うようになって、
僕はあなたのドナーになりたいと強く思うようになりました。
自分の家族や担当の医師の方に、僕が死んだら、冬月小春のドナーにしてほしいと頼みました。
親や医師から承諾をもらえました。とても嬉しかった。
僕があなたを助けてあげられるのだと思い、とても嬉しかった。
でも、毎日あなたと会う中で、死にたくない、あなたとずっと一緒にいたい、あなたと生きていきたいと思うようになりました。
ただ、病気の進行は著しく、手足が痺れたり、階段を降りている時に、足が動かなくなって、落っこちて骨折したり、病院に入院しなくてはいけなくなったり、手の震えが止まらなくて、本を読めなかったり、
それらが、あなたにばれないように、車椅子に乗ったり、あなたの前で本を読まないようにしたり、手が痺れて、うまく漕げない車椅子を、看護師の方に、あなたの病室の前まで運んでもらって、そこからは、痺れてたり、震えてたりする手で無理やり漕いで、うまくやり過ごしてきました。
誕生日を祝ってくれた時、とても嬉しくて、より一層、一緒にいたいなと強く思いました。プレゼントを渡したかったのに、用意できなかった事を悔やんでいるあなたを見て、愛しくて、もっと一緒にいたいという想いは、溢れそうになりました。
その次の日、あなたは泣きました。余命が短くなったと、もっと僕と一緒にいたいと、泣いてくれました。そんなあなたをみて、一緒にいたいという想いがまた強まりましたが、それよりも、新しい想いが生まれました。
それは、あなたのために死にたいという想いでした。僕が死ねば、あなたは助かる。君を助けたい。あなたのために死にたい。そんな風に思いました。
そして、初めてキスをして、初めて名前を呼びました。
ただ、頬に添えた手の震えが止まらなくて、痺れていて、もう、死ぬんだなと思い、
あなたのために死ぬという想いが、決意に変わりました。
死にたい。
あなたは、本心から言っているように見えました。
そして、僕も、本心から死にたいと言えます。
死にたい。あなたのために。いや、あなたと生きるために。
病気を治して、一緒にデートをするという約束は、僕の病気が治せないから、初めから、無理とわかっていました。
それでも、約束をした理由は、あなたを元気付けようと思ったからでした。
正直、元気付ける方法を間違えている気がしますが、人とまともに関わったことがなかったので、許してください。
でも、途中から、本当に行きたくなってきました。
デート、行きたかったです。
勝手に約束して、勝手に破ってごめんなさい。
いま僕は、あなたの心臓として、生きています。生き続けます。 そして、いつかは、あなたと一緒に死にます。
それは、僕にとって嬉しい事です。自分の一番大切で、大好きな人と一緒に生きられるのだから、嬉しくて仕方のない事です。
だから、自分を責めたりは絶対にしないでください。
むしろ、死ぬはずだった僕ら二人が、あなたとして、生きられるのだから、それは、とてもいい事なんです。
自分にとっても、さっき書いたように、嬉しくて仕方のない事なんです。だから、絶対に自分を責めたりはしないでください。
僕がいなくなって、あなたは泣くかもしれません。
泣く時は、感情とは関係なく、涙が出なくなるまで、泣き切ってください。泣き切ったら、笑ってください。
僕はあなたの笑っている顔が一番好きです。だから笑っていてほしいです。
赤い紐のついた栞、これからも使ってほしいです。
たまに、僕との楽しかった記憶を思い出して、笑ってほしいです。
追伸、
新しい恋も、見つけてほしいです。
橘奏太」
歪な文字で綴られた彼の手紙を読んで、私は壊れたように、泣いて、叫んで、彼の手紙に書いているように、感情は辛い気持ちでしかないのに、体が涙を出すことを拒むようになった。ただ、彼が望んでいるように笑うことはできなかった。
一年半ぶりに、家へ帰ってきた。
帰ってきてから、私は家から出ることをしなかった。必要最低限のことを行う以外は、自室に閉じこもって、ベッドの上で過ごし、彼にはもう会えない。そんな想いから、毎日涙を流していた。
そんな日々を、過ごしていると、彼の葬式の日になっていた。ただ、私は、それでも変わらず、自分の部屋に閉じこもり、ベッドの上で寝転び続けていた。
家を出ないまま、半年が経った。
もう毎日のように涙を流さなくなった。
私は彼へ手紙を書いた。
書いた手紙を手にとって、鞄に詰め込み、半年ぶりに家を出て、彼のお墓へと向かった。
彼のお墓へ着くと、カバンから、手紙を取り出した、
「拝啓、橘奏太様
私は未だに君がいない事が、信じられないし、辛いし、寂しいし、今も泣きそうになります。君の手紙に書いてあったしてほしいことの全て、する事ができていません。泣き切って笑うことは、全然できないし、楽しい記憶を思い出しても、泣いてしまいそうになって、笑うことはできていません。赤い紐のついた栞を使うこともできていません。君がいなくなってから、本を読む気になれなくて、一冊も読んでいないからです。
でも、これから、それらの君の願いは、叶えたいと思います。
少し思い出話をします。
初めて私が君を見かけたのは、一昨年の夏でした。君は、蝉を拾って木につけてあげて、また飛んで落っこちた蝉をひろって、木につけてあげて、そんなのを繰り返してると、蝉が死んじゃって、木の下に埋めてあげていました。それが君を知った日でした
その時私は、君のことを、優しい人なんだなと思っていました。
次見かけたのは、初めて君と話したあの日で、どこかを見つめる君に、少し変わった人なのかなと思ったけど、話をしたら面白そうだな、話をしたいなと思っていました。
だから、君が私のところへ来てくれた時、実は嬉しかったけど、嬉しそうにしてると変だから、あえて、睨みつけてみました。
君が告白して来た時はびっくりしました。
どうせ死ぬ私に告白をするのは、どういう想いなのか、とかそんな風にも考えました。
君の告白の返事を了承したのは、恋をしてみたかったからとかいう、わがままな理由からでした。でも、わがままな理由でも、君と恋人になることを選んで、良かったです。好きかと言われれば、わからない状態で付き合ってしまったけど、数日君といるだけで、君が好きなのだと自覚したのか、好きになったのかはわからないけど、本当に好きになっていました。
君が私に、好きなところを教えてくれたから、私も教えます。
君の全てが好きです。
嬉しそうにニヤニヤしてる気持ち悪い顔が好きです。
揶揄うと困ってしまう君が好きです。
急に泣いても受け止めてくれる優しいところが好きです。
はっきりと好きと口にしてくれるところが好きです。
いつも自信なさそうにしてるのに急に自信のある態度になる君が好きです。
ちょっと気持ち悪くなっちゃったけど、
とにかく、
私は、橘奏太が大好きです。
私は君に言いたいことがあります。
余命の事、教えて欲しかったです。
多分聞くと、泣いたと思います。
でも、納得はできたと思います。君がドナーになることも多分納得できたと思います。
だから、言って欲しかったです。
でも、言ってくれなかったことに対して、君を怒ったりはしません、
私に気を遣って、わざわざ嘘までついて、隠すまでして、私のことを大切に考えてくれたんだから、怒ったりはしません。むしろ感謝しているくらいです。
私のために、そこまで気を使ってくれて、考えてくれて、ありがとう。
君との約束、
一緒にデートするっていう約束、
私は最初、どうせ死ぬんだからっていう諦めから適当にいいよ、って返事をしました。
でも、君を好きになって、一緒に行きたくなって、
心臓の手術が終わった時、一緒にデートに行けるんだと思いました。
でも、君はいなくなって。
でも、その約束今でも果たせると思います。
君は私の胸の中で生きてるんだよね?
なら、一緒にデートできるよ。
ちょっと、気持ち悪いけど、許してね。
君はいつもこれくらい気持ち悪かったからさ。
最後に君が書いた追伸の部分だけど、
あれは無理だよ。
心臓が君なんだから、恋なんかさせないでしょ。
それは冗談で。
私の恋はまだ終わってない。これからも終わらないと思う。
私、冬月小春は、
橘奏太、君のことがずっと好きだから。
追伸
君は私のために死にたいって書いてくれてたよね。それなら、私は、君のために生きたいかな。いや、君と一緒に生きていくよ。
冬月小春」
手紙を彼の墓の前で読むと、マッチを擦って手紙に火をつけた。燃えていく手紙からたつ煙はどこか嬉しそうに見えた。
手紙が燃え尽きた時、私の胸は大きくドクンと鳴った。