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死にたい  作者: 涼月光
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僕と彼女


「死にたい」

その言葉を本心から口にしている人を見たことがなかった。

ただ彼女の「死にたい」は、本心から口にしているように見えた。




降ってくる桜の花びらは風に吹かれ、咲いていた場所よりも高くへと飛んでいった。

僕はそんな桜の花びらを見ていた。桜の花びらが飛んでいき、もう一度降ってくるが、もうそれを見ることはしなかった。しなかったというよりは、桜の花びらを見ていた事を忘れ、別のものを見つめていた。

桜の木が等間隔で並んでいるその前に大きな病院が建っている。小さな窓が開いていて、白いカーテンの隙間から、女の子が顔を出している。年は自分と同じくらいだろうか。彼女が浮かべている表情は、どこか哀しそうで、寂しそうで、今にも消えてしまいそうな、何かを見ているようで、何も見ていない。そんな表情に見えた。

そんな彼女を見つめていると、一度自分の方を見たような気がした。彼女は開いていた窓を閉じてから、白いカーテンの隙間をなくした。

それから、時計の針が半周回った。

僕はまた、彼女を見つめていた。彼女は、猜疑心をそのまま表情にしたような顔をしながら、僕を睨みつけていた。ただ、彼女のその行為は当然で、何一つ間違っていない。見知らぬ男が急にお見舞いをしにきたのだから。




僕は、名前と年齢と誕生日と血液型を教えるという簡易的な自己紹介をして、

「あなたのことを教えてください」と頭を下げた。

余計に怪しまれるのではないかと思っていた僕だったが、

彼女の表情から、猜疑心は消えていた。眉間によっていた皺はなくなり、僕を睨みつけていた双眼も丸くなっているように見え、顔を歪ませていても整っていた顔立ちはさらに整った。

「冬月小春、年齢は君と同じ15歳、血液型も君と同じ、誕生日は7月6日」

僕と同じように名前と年齢と誕生日を口にしてから、

「どうして君はここにきたの?」

その状況が自分に訪れれば、誰もが抱いて当然であろう疑問を僕に尋ねた。

僕は、わからないと答えると

彼女は、変な人だねと返して、無邪気な笑顔を見せた。

「変な人って言われると、僕は少し嬉しいけど」

「やっぱり変な人だよ」

そう言うと彼女は吹き出すようにして笑った。そんな彼女の笑顔を見て、僕は最初に見た時の彼女の表情、白いカーテンの隙間から顔を出していた時の表情を思い浮かべた。

「カーテンから顔を出していた時、どうしてあんな顔してたの?」

「私、死にたいの」

彼女の言葉に僕は沈黙した。どういう反応をとればいいのかわからなかった。

彼女はそんな僕を察してか、自分がいつから入院しているか、そんな話をしてくれた。

どうやら彼女は、心臓の病気にかかっていて、去年の夏くらいから、入院しているらしい。日常生活を行おうと思えばある程度は行えるが、悪化してしまう可能性があるからと、親が心配して、ずっと入院しているそうだ。余命はあと1年持つかどうかと宣告されていて、ドナーが見つかれば、助かる事はできるが、見つかる可能性は限りなく無いに等しいらしく、この病室で、何も出来ないまま、どうせ死んでいくならば、生きる意味がわからないし、もう生きたくない。そんなふうに言葉を続けた。その時の彼女の表情は、最初に、彼女を見た時の表情と全く同じで、僕は彼女をどうにか元気付けたいと思った。

「病気を治して、一緒にデートしよう」

「何を言ってるの?新手のナンパか何か?」

彼女は少し揶揄うように返すと

何も喋らなくなった僕を見つめた。

「いいよ」

「よかった、ありがとう」

「私を元気付けるつもりだったんじゃなかったの?それなのに君が喜んでどうするのさ」

彼女は、再び僕を揶揄うと、また無邪気な笑顔をしていた。

「また明日も来ていい?」

「ダメって言ったら?」

「来る」

「なら私に決定権ないじゃん」

「それで、来てもいい?」

「いいよ。もちろん」

そんな彼女の返事を聞くと、僕は嬉しさを噛み締めながら、病室を後にした。



昨日と同じ時刻に、病院の前を通りかかった。

彼女の病室の方を見てみると、束ねられた白いカーテンの隣で、彼女が手を振っていた。僕は彼女に手を振り返し、すこし急いで、病室へ向かった。

「おー早いねー」

病室へ着くと、彼女がそう言った。何か言葉を返そうと思ったが、息が切れて、何も返す事ができなかった。すこし急いだといっても、早歩きで、彼女の病室がある3階までの階段を登ったくらいだったが、学校へ通う以外、家にこもっている自分にとっては、それだけでもかなりきつい運動だった。息が整ってきたところで、彼女から、もう一度話しかけてきた。

「運動不足は良くないねー」

「あなたもでしょう?」

「いやいや、私の場合は、したらダメだからね。君とは違って」

「あ、なんかごめん」

「謝られると困るよ?」

「じゃあ、なんかありがとう」

「急にお礼を言われても困るけどね」

彼女は、昨日と同じように無邪気な笑顔を見せた。

「君って学校ではどんな感じなの?」

「誰とも喋らないね」

「友達はいないの?」

「いるよ、小説っていう友達がね」

「なんかごめんね」

「あなたがさっき言ったように、謝られると困るよ?」

「じゃあありがとうだね」

「やっぱりそれも困るね」

「でも、私も君と同じ、小説が友達みたいなもんだよ。病院で何もしないのも退屈だし、小説の世界に入り込んで、時間を過ごしてる」

「僕なんか現実にいるよりもそっちにいる方が多いかもしれないよ」

「私も」

彼女はすこし嬉しそうに笑った。

「あなたが好きだ。僕と付き合ってほしい」

僕は唐突に告白をした。

彼女は頬を赤く染めながら、すこし困った顔をした。

「えーとね、君と会ったのはいつだっけ」

「昨日」

「1日で私のことを好きになったの?」

「うん」

「じゃあ私のどこが好きなの?」

「わからない。恋とかした事なかったからさ、でもこれから、わかっていけると思う」

「私、死ぬんだよ?」

「関係ない」

間を置かずに、返ってきた答えに、彼女は意外そうな表情をしてから、考え込むように、顎に手を当てて、すこし黙り込んでから、手を膝の上に置いた。

「返事だけどさ、明日でいいかな?」

「いつだっていいよ」

「ありがとう」

その時の彼女の表情は、嬉しそうでありながら、どこか困っていて、すこし寂しそうでもあって、喜怒哀楽の怒以外の全てを含んでいるような表情をしていた。




「昨日の返事だけどさ、いいよ」

彼女は顔にある口以外を一つも動かさなかった。

「本当に?」

「うん」

僕はニヤニヤと顔を崩壊させた。

「気持ち悪いよ」

「だって嬉しくて」

彼女は大きな溜息を吐いていた。

「まぁこれからよろしくね」

「もちろん」

少し声を張り上げて、返事をして、ニヤニヤと顔を崩壊させたまま、病室を後にした。その日、眠りにつくまで、顔の崩壊が治る事はなかった。




僕はそれから毎日彼女のもとを訪れた。

客観的に見れば、つまらないような会話をしたり、2人何も喋らず、小説の世界に入り込んだり、彼女が小説の世界に入り込んでいるところを僕が何も喋らず見ているだけの時もあった。ただ、何をしている時も気まずい空気にはならなかった。寧ろ居心地が良く、こんな時間がずっと続けばいいのになとも思った。そんな時間を過ごし続けて、いつの間にか、7月に入り、もう夏を迎えていた。

その日の僕は、昨日に彼女の病室から、帰る途中の階段で足を滑らせて転げ落ちて、足の骨を折ってしまい、車椅子で彼女の元を訪れた。

そんな僕を見て、彼女は、心配して色々な言葉をかけてくれていた。

「階段から落っこちて、足折っちゃった」

「大丈夫なの」

「大丈夫だよ。車椅子は松葉杖より、楽できそうだからっていう理由だしさ」

「そっか。良かった」

彼女が安心した表情を見せたのを、きっかけに、僕は、いつものようにたわいのない会話を始めた。

「もう夏だね」

「そうだね。まぁ、ずっとここにいるから、季節なんて変わらないみたいなものだけど」

「僕を困らせたいの?」

「君を困らせるのは、楽しいんだよ」

「あなたには勝てそうにないよ」

「君は、勝てなくていいんだよ」

彼女はいつものように、無邪気な笑顔を見せた。彼女の笑顔は、元気に見えて、健康そうで、本当に死んでしまうのかと思わせるような笑顔で、少し僕を安心させてくれる。

「誕生日おめでとう」

「え、ありがとう」

「あと、これあげるよ」

彼女に赤い紐のついた栞を渡した。

「僕とお揃いみたいな感じ」

「あー、それはちょっと嫌かな」

「酷いよ」

「嘘だよ。嬉しいよ」

彼女はとても嬉しそうで、いつも見せる無邪気な笑顔とは違って、口の両端を少し上げて、にんまりと笑っていた。

そんな彼女の表情を見て、車椅子を漕いで、ドアの前に、来たところで、また明日と彼女に手を振って、病室を後にした。


次の日、彼女の元に訪れると、小説の世界に入り込んでいた。

そんな彼女を見つめていると、区切りがついたところで、赤い紐のついた栞を手にして、それを本に挟んだ。使ってくれてるんだなと、嬉しく思い、少しニヤニヤとしながら、彼女を見ていた。

「どうしたの。気持ち悪いよ」

「嬉しいことがあってさ」

「あっそう」

冷たく言葉を返している彼女だが、その時の表情は、少し照れているように見えた。

「その足、いつ治るの?」

「2ヶ月後くらいかな」

「早く治るといいね」

「君の病気もね」

「治らないよ。それは」

「ううん。君が望むのなら治るよ」

僕の言葉に、何を言ってるんだというような呆れたような顔をしていた。

「治るんだよ」

「ふーん」

彼女は、僕の言葉を全く信じていないようだった。


それからも僕は、毎日彼女の元を訪れた。

自分が車椅子に乗っていること以外は、それまでと、ほとんど変わらず、たわいのない会話をしたり、彼女が小説の世界に入り込んでいるのを何も喋らずに見つめたり、少し辛そうな表情をしながら、病気の事を話す彼女に、絶対治るからと励まして、彼女に冷たい態度を取られたり、そんな日々を過ごすうちに、八月は終わりを迎えた。


「あと半年くらいで死んじゃうのか」

九月に入って、数日経った頃に、彼女が本を読みながら呟いた。

「死なないよ」

「君の自信はどこから来るのさ」

「あなたへの愛からかな」

「あーはいはい」

いつもと同じように、彼女は僕を相手にしなかった。

「そういえばさ、これ読んだ?」

彼女は読んでいた本の開けていたページに、赤い紐がついた栞を挟んで、表紙を見せた。

「最近本読めてなくてさ」

「確かに最近読んでないね」

「本を読むよりも、あなたと一緒にいる方が楽しいからね」

僕がボソッと呟くと、彼女は聞こえなかったのか、もう一度、栞を挟んでいたページを開いた。ただ、彼女の頬は赤く染まっていて、これは、聞こえなかったフリをしているんだなと思った。数分経ってから、彼女は、また、さっき開いていたのと同じページに栞を挟んで本を閉じた。

「誕生日おめでとう」

「え、ありがとう」

「何その意外そうな顔は」

「覚えてくれてると思わなくて」

「覚えてるよ。恋人の誕生日くらい」

彼女の言葉を聞いて、いつものようにニヤニヤとした。

「プレゼントはないけどね」

「全然いいよ。言ってもらえるだけで嬉しいから」

その時、彼女は少し申し訳なさそうな顔をしていた。多分本当は、何か渡したかったけど、入院しているから、何も買いに行くことができなかったんだろうなと、思って、僕は彼女をみて、少しニヤニヤとした。そういえば、いつも彼女をみてニヤニヤしているなと思い、そんな僕に、彼女がいつも気持ち悪いと口にするのを思い出して、自分って本当に気持ち悪いんじゃないかと思っていた。


次の日、病室のドアを開けた時に、見えた彼女は、辛そうだった。辛そうで悲しそうで、最初に見た時の表情よりもさらに辛そうで悲しそうだった。

僕の顔を見ると、今にも涙が溢れそうだった目から、涙をこぼして、僕に縋るように、車椅子に乗っている僕の服の胸元を掴んだ。

「私あと、3ヶ月、で死んじゃうんだって、

死にたくない、生きたいよ、死にたいなんてもう思わないし、言わないから、生きさせてよ、なんで死なないといけないの、嫌だよ、君と一緒にいさせてよ」

「大丈夫だよ。絶対治るから」

「適当なこと言わないでよ。死ぬよ」

「死なないよ」

それから、彼女は何も返さなかった。

ただ、泣いて、泣いて、泣き続けることしかしなかった。

そんな彼女を僕は抱きしめた。涙が止まった頃に、僕の胸にうずくまる彼女を離して、手を震わせながら、彼女の頬に手を添えて、キスをした。

「小春、あなたのことが好きだよ。ずっと」

「私も好きだよ。奏太」

僕ら二人は、初めて名前を呼んだ。初めてキスをした。ただ、その日から、キスをすることや、名前を呼びあうことはなかった。僕ら二人が会うこともなかった。


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