タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「け」 -毛・気・仮-
か行
髪型をよく変える女は浮気性だという。
あたしは毎日違う髪形をすることに努めている。
アレンジのしやすい軽いくせ毛で肩にかかる程度のセミロング。
オシャレとか女心とか純粋に楽しんでいるわけじゃないけど
毎日違う自分を演出する。
いつでも仮の姿。
仮の姿の仮の姿。
いろんな人と上辺だけの楽しい毎日を過ごしている。
「あたしはこういう子」だと印象付けるのをどこか恐れているんだ。
素直な自分として人と向き合えない、挑戦的な自己防衛。
平日仕事帰りにセレクトショップが立ち並ぶ舗道を歩いていた。
勝手に店を広げる露天商やエステの勧誘、怪しげなタレント事務所のスカウト、
そういう人たちと目が合わないようにやや遠い目線で歩幅を大きく歩いた。
「すみません、美容室なんですけど」
線の細いお姉さまキラー的な男が声を掛けてきた。
美容室の勧誘。イケメンをダシにして女の人をひっかけて店に連れて行く。
室内に入ると白衣を着た「先生」と呼ばれる女が出てきてマルチ商法的に美容の話をしだす。
そしてインチキくさいエステ券がついた化粧品を高いお金払って買わされる。
昔はガツンと断りきれなくて付いて行き、粗品だけもらって帰ったことが何度かあった。
年の功か、いろいろと学習していくと「先生」の方が若くなっていき、その知識の浅さに
バカバカしくなってくる。バイトご苦労、ノルマあるの大変ね。とまで思ってしまう。
きっと、またそれだ。
と思い無視して進もうとしたが、
「そこの先の美容院なんですけど、髪切りませんか?」
「え?」
髪という言葉に反応してあたしは足を止めた。
「よかったら見てください」
男は美容院のチラシをあたしの右手に握らせた。
店の名前を見ると、雑誌やフリーペーパーで見たことがあるところだった。
とりあえず、変なエステの勧誘じゃない。
「髪、切るって今?」
「はい」
切り時に見えるほどボサボサか、痛んでいるか…あたしは髪の先のつまんでみた。
「キレイな髪だから短いのも似合いそうだなって思って」
「え」
「あ、すみません。俺の好みで言って。いきなり言われて髪切ろうなんて思わないですね。
ほんとすみません。平日のこの時間って予約があんまりなくて。うち奥まってるから
目立たないみたいで。こうやって大通りに出て宣伝してるんですけど、変な勧誘みたいですね」
美容院のお兄ちゃんは必死に言い訳する子供みたいで、正直可愛かった。
あたしは時計を見た。
別に歩幅大きく歩いても今日は急いでいるわけじゃない。
髪型を変えることに抵抗がないあたし、気まぐれにその話乗ってみたくなった。
「切ってみるか」
勢いにまかせ、おまかせして超ベリーショートになってしまった。
分け目を変える程度でアレンジの幅がない。毎日同じ髪型をすることになる。
鏡に映った短い髪の自分はごまかしようがなかった。
自分らしさが前面に出ていて、どうにもできなくなっていた。
だけど、昔の髪型が思い出せないぐらい似合いすぎてる。
「やっぱり短いのすごく似合いますね」
そう素直に言う彼の表情に、あたしもこういう人の前なら
「仮」を脱いで向き合える気がした。




