ニート、決意、する
梨果はレアルと共に、踊りの練習をしていた。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
楽師達の音色を遠くで聞きながら、キャーオの塔を見上げる人物が三人。
「それで? 最初の儀式はどうなったのですか?」
大柄な男だ。背も高い。
「はあ。それが延期になりまして」
大巫女ヒビーコがいつもより小さく見える。
「民衆に示しがつがないので、次の儀式と一緒にお披露目の儀をすることになりました」
ほほう。と頷く大柄な男。
「すでに女神は美しく踊ったと評判なのだが」
「女神キャーオ様たってのご厚意で、聖なる崖の上で踊りを……」
ヒビーコは汗をかいた。実はこの方、汗かきなのかもしれない。
「それは……」
「お披露目の儀の踊りで御座います」
大柄な男は興味深そうに尋ねる。
「では、お披露目の儀は必要ないのでは?」
「私も見ましたが、もう、滅茶苦茶な踊りで……」
ほう。と大柄な男。さらに汗をかくヒビーコ。
「円形劇場で女優をやったとか」
と、大柄な男。汗が滝のように出るヒビーコ。
「女神キャーオ様は、民衆に一刻も早く御威光を示したかったらしく……」
はははははは!!
大柄な男は大笑いした。喉の奥が見えている。
「流石は女神キャーオ様、といった所かな」
ヒビーコは顔を赤くした。
「しかし」
そこに冷静な男の声が響く。
「女神ヒビーコ様は円形劇場でそれは見事な歌と表現力を示された、というのが民衆の噂となっております。そして、聖なる崖の上の踊りも、神々しく、人々は伏して感動の涙を流したとのこと」
「ほうほうほう」
大柄な男は、冷静な男を見た。
冷静な男は、細く、背が高く、感情をあまり示さない。
「エンドルは流石に抜かりなく調査をするなあ。流石は神官長」
大柄な男に褒められても、エンドルは何一つ感情を表に出さない。ただ、黙って一礼をした。
「ところで、キャーオ様を女優にしたという一座は捕らえたのかね」
大柄な男の質問に、ヒビーコはにやりと笑う。
「はい。武官達に捕えさせましたの」
その頃、女神キャーオは踊り続けていた。
「さあ。もう一回行くわよ、レアル」
何だか以前と打って変わってやる気満々だ。
レアルの方がふらふらしている。
「少しお休みになりませんか、女神様」
「ここで休んでどうするのよ!」
女神が休まないなら、レアルも休めない。
一緒に踊り始めた。
「どうしたんですか? 一体」
息も荒く、レアルが聞く。
「噂じゃあ、私の歌と踊りが、まるで女神のように神々しいっていう話じゃない」
そりゃあ、女神ですから……。レアルは言葉にするのは止めた。
オラオラオーラ。
今の女神の踊りは、まるでゴリラだ。
「噂が噂を呼んだら、きっと会えると思うの」
「会える? 誰ですか?」
「私の王子様……」
目の中に、絶対ハートがある。
しかしゴリラ踊りは止まらない。
「オージ?」
「そ、栗色の髪、それに青い瞳の……、キャラメル様……!!」
踊りが激しくなり、汗がそこらへ弾け飛ぶ。
……キャラメルがほくそ笑んだの、見てないもんね。
「私、ここにいるわ。あんな王子様、現実世界ならもう彼女いるもの!!」
何より私、ニートだし。
ゲンジツセカイ……?
レアルは怪訝そうな顔になった。
「円形劇場の極悪一座のことですか? そいつらなら、今日、処刑されるはずですよ」
ショケイ……? 王子様が……?
梨果の顔は真っ青になり、目も口も鼻の穴も大きく開いた。
「女神様?」
ふらふらと、女神は腰を曲げて歩き出した。
魂が抜けそうな動きだ。
レアルは不思議に思う。女神様はお疲れなんだろうか。
「お休みになるんですか?」
「うん。そう」
レアルは指を鳴らした。
女官と武官が部屋の扉の前に集まった。
彼らがついて来ることを全く気にせず、女神梨果はふらふら暗い足取りで大神殿の中を歩いて行く。
どうしようどうしょうどうしよう。
たった一人の王子様……。
俯いた梨果が、何かにぶつかる。
「こら、しっかりとしなくては駄目ではないか」
人だったのか。
「あ、すみません」
梨果は謝る。
「いいや、あなたのことではありません」
後をついてきた武官や女官が一斉に敬礼する中、梨果は顔を上げた。
ん?
「お父さん!??」
大柄な男が、不思議そうに尋ねる。
「御父上がどうかされたのですか?」
つぶらな瞳が、尋ねるような視線を返す。
「きゃあああああああああああああああああああ」
梨果は大声を上げた。
そこに、レアルが追いかけてくる。
何かあったのか!!?
目を円くした。
「ううううううううううううううううううううう」
大柄な男……大神官フアウザの前で、女神は大声を上げ、泣いていた。
「落ち着かれましたか」
父に似た風貌の大神官フアウザが、中庭にテーブルを出し、お茶のような飲み物を出してくれた。
「御父上に私が似ているとは、恐悦至極に存じます」
梨果はこくこく頷く。涙は少しおさまったようだ。テーブルの上の西洋風お菓子を口にする。
「このお菓子も、おと……大神官が?」
「いいえ、これは料理人に作らせた物で……」
「そっか……」
少し感傷に浸ってしまった。
お父さんが作るお菓子、美味しかったなあ。
お父さん、ちょっとだけ待っていてね。
私、夢の中で王子様を助けたら、そっちに戻るから。
梨果の決意は、またまた別の方向へと向く。シアトロルにいようという気持ちはとうに無くなっていた。意志薄弱。
そう。ずっと寝ていたり、ニートだったり、料理作ってもらったり、親不孝者。
せめて、ニートらしくなく、夢の中では大活躍しよう。
王子様を助けるんだ。
そしたら、空飛んで、らららー。現実世界へ。
……それでも、珍しく、何か行動しようと思い立っただけでも、良しとするか……。
「大神官」
すっくと立った女神に、大神官フアウザは目を大きく開ける。
女神の立ち上がる姿は、なんだかんだ言って威厳たっぷりに見えた。
「今、囚われている人を、解放することはできますか」
「解放!?」
大神官フアウザはお茶を吹き出した。
「はい」
「女神様をぞんざいに扱った者を解放するなど、致しかねます」
「そうなの……そうなのね」
女神の憂い顔が、ますます深くなる。
「じゃあ! 料理は!?」
「は!?」
大神官フアウザの服を、女神はつかみ懇願する。
「私が美味しい料理を作ったら、罪人を許してくれる!??」
大神官フアウザは頷く。
「女神様がそれほどまでに仰るのでしたら……」
胸を打たれた。自分のお手を汚してまで、料理をされると!
人生ウン十年。フアウザは料理などしたことがなかった。
女神とは、かくも慈悲深いものなのか……。
「よろしいでしょう。女神様たってのご慈悲で、ここは恩赦を……」
しかし、目の前に女神はいなかった。
目を点にした大神官フアウザは、気持ちを落ち着ける為、お茶を一口飲んだ。
ゴオオオオオオオオ!!
調理場に炎が上がる。
かまどの炎、心の炎、父への愛の炎だった。
『梨果、いつかパパに美味しい料理を作ってな。パパは梨果が素敵なお嫁さんになるのが楽しみだよ……』
そう言って、いつも料理を作ってくれた父。
最近は、顔を合わせることもなかった。
なんて父不幸。
今こそ、不幸を消す時!
夢の中とは言え、料理は料理だ。
「レアル、火が絶えないようにね!」
「かしこまりました……女神様」
女神に捕まったレアルは、かまど番となっていた。
料理人達は、突如現れた女神キャーオに、ただただ放心。壁際で最敬礼を取るばかりだった。
この日、大神殿イキテールの人々は、空腹と戦うことになる。