表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きゃーお、異世界。  作者: nekoko
8/17

ニート、決意、する

 梨果はレアルと共に、踊りの練習をしていた。


 ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。



 楽師達の音色を遠くで聞きながら、キャーオの塔を見上げる人物が三人。


「それで? 最初の儀式はどうなったのですか?」


 大柄な男だ。背も高い。


「はあ。それが延期になりまして」


 大巫女ヒビーコがいつもより小さく見える。


「民衆に示しがつがないので、次の儀式と一緒にお披露目の儀をすることになりました」


 ほほう。と頷く大柄な男。


「すでに女神は美しく踊ったと評判なのだが」


「女神キャーオ様たってのご厚意で、聖なる崖の上で踊りを……」


 ヒビーコは汗をかいた。実はこの方、汗かきなのかもしれない。


「それは……」


「お披露目の儀の踊りで御座います」


 大柄な男は興味深そうに尋ねる。


「では、お披露目の儀は必要ないのでは?」


「私も見ましたが、もう、滅茶苦茶な踊りで……」


 ほう。と大柄な男。さらに汗をかくヒビーコ。


「円形劇場で女優をやったとか」


 と、大柄な男。汗が滝のように出るヒビーコ。


「女神キャーオ様は、民衆に一刻も早く御威光を示したかったらしく……」


 はははははは!!


 大柄な男は大笑いした。喉の奥が見えている。


「流石は女神キャーオ様、といった所かな」


 ヒビーコは顔を赤くした。


「しかし」


 そこに冷静な男の声が響く。


「女神ヒビーコ様は円形劇場でそれは見事な歌と表現力を示された、というのが民衆の噂となっております。そして、聖なる崖の上の踊りも、神々しく、人々は伏して感動の涙を流したとのこと」


「ほうほうほう」


 大柄な男は、冷静な男を見た。


 冷静な男は、細く、背が高く、感情をあまり示さない。


「エンドルは流石に抜かりなく調査をするなあ。流石は神官長」


 大柄な男に褒められても、エンドルは何一つ感情を表に出さない。ただ、黙って一礼をした。


「ところで、キャーオ様を女優にしたという一座は捕らえたのかね」


大柄な男の質問に、ヒビーコはにやりと笑う。


「はい。武官達に捕えさせましたの」



 その頃、女神キャーオは踊り続けていた。


「さあ。もう一回行くわよ、レアル」


 何だか以前と打って変わってやる気満々だ。


 レアルの方がふらふらしている。


「少しお休みになりませんか、女神様」


「ここで休んでどうするのよ!」


 女神が休まないなら、レアルも休めない。


 一緒に踊り始めた。


「どうしたんですか? 一体」


 息も荒く、レアルが聞く。


「噂じゃあ、私の歌と踊りが、まるで女神のように神々しいっていう話じゃない」


 そりゃあ、女神ですから……。レアルは言葉にするのは止めた。


 オラオラオーラ。


 今の女神の踊りは、まるでゴリラだ。


「噂が噂を呼んだら、きっと会えると思うの」


「会える? 誰ですか?」


「私の王子様……」



 目の中に、絶対ハートがある。


 しかしゴリラ踊りは止まらない。


「オージ?」


「そ、栗色の髪、それに青い瞳の……、キャラメル様……!!」


 踊りが激しくなり、汗がそこらへ弾け飛ぶ。


 ……キャラメルがほくそ笑んだの、見てないもんね。


「私、ここにいるわ。あんな王子様、現実世界ならもう彼女いるもの!!」



 何より私、ニートだし。



 ゲンジツセカイ……?


 レアルは怪訝そうな顔になった。


「円形劇場の極悪一座のことですか? そいつらなら、今日、処刑されるはずですよ」



 ショケイ……? 王子様が……?


 梨果の顔は真っ青になり、目も口も鼻の穴も大きく開いた。



「女神様?」


 ふらふらと、女神は腰を曲げて歩き出した。


 魂が抜けそうな動きだ。


 レアルは不思議に思う。女神様はお疲れなんだろうか。


「お休みになるんですか?」


「うん。そう」


 レアルは指を鳴らした。


 女官と武官が部屋の扉の前に集まった。


 彼らがついて来ることを全く気にせず、女神梨果はふらふら暗い足取りで大神殿の中を歩いて行く。


 どうしようどうしょうどうしよう。


 たった一人の王子様……。


 俯いた梨果が、何かにぶつかる。


「こら、しっかりとしなくては駄目ではないか」


 人だったのか。


「あ、すみません」


 梨果は謝る。


「いいや、あなたのことではありません」


 後をついてきた武官や女官が一斉に敬礼する中、梨果は顔を上げた。


 ん?


「お父さん!??」


 大柄な男が、不思議そうに尋ねる。


「御父上がどうかされたのですか?」


 つぶらな瞳が、尋ねるような視線を返す。


「きゃあああああああああああああああああああ」


 梨果は大声を上げた。



 そこに、レアルが追いかけてくる。


 何かあったのか!!?


 目を円くした。


「ううううううううううううううううううううう」


 大柄な男……大神官フアウザの前で、女神は大声を上げ、泣いていた。




「落ち着かれましたか」


 父に似た風貌の大神官フアウザが、中庭にテーブルを出し、お茶のような飲み物を出してくれた。


「御父上に私が似ているとは、恐悦至極に存じます」


 梨果はこくこく頷く。涙は少しおさまったようだ。テーブルの上の西洋風お菓子を口にする。


「このお菓子も、おと……大神官が?」


「いいえ、これは料理人に作らせた物で……」


「そっか……」


 少し感傷に浸ってしまった。


 お父さんが作るお菓子、美味しかったなあ。


 お父さん、ちょっとだけ待っていてね。


 私、夢の中で王子様を助けたら、そっちに戻るから。


 梨果の決意は、またまた別の方向へと向く。シアトロルにいようという気持ちはとうに無くなっていた。意志薄弱。

 

 そう。ずっと寝ていたり、ニートだったり、料理作ってもらったり、親不孝者。


 せめて、ニートらしくなく、夢の中では大活躍しよう。


 王子様を助けるんだ。


 そしたら、空飛んで、らららー。現実世界へ。



 ……それでも、珍しく、何か行動しようと思い立っただけでも、良しとするか……。



「大神官」


 すっくと立った女神に、大神官フアウザは目を大きく開ける。


 女神の立ち上がる姿は、なんだかんだ言って威厳たっぷりに見えた。


「今、囚われている人を、解放することはできますか」


「解放!?」


 大神官フアウザはお茶を吹き出した。


「はい」


「女神様をぞんざいに扱った者を解放するなど、致しかねます」


「そうなの……そうなのね」


 女神の憂い顔が、ますます深くなる。


「じゃあ! 料理は!?」


「は!?」


 大神官フアウザの服を、女神はつかみ懇願する。


「私が美味しい料理を作ったら、罪人を許してくれる!??」


 大神官フアウザは頷く。


「女神様がそれほどまでに仰るのでしたら……」


 胸を打たれた。自分のお手を汚してまで、料理をされると!


 人生ウン十年。フアウザは料理などしたことがなかった。


女神とは、かくも慈悲深いものなのか……。


「よろしいでしょう。女神様たってのご慈悲で、ここは恩赦を……」


 しかし、目の前に女神はいなかった。


 目を点にした大神官フアウザは、気持ちを落ち着ける為、お茶を一口飲んだ。



 ゴオオオオオオオオ!!



 調理場に炎が上がる。


 かまどの炎、心の炎、父への愛の炎だった。


『梨果、いつかパパに美味しい料理を作ってな。パパは梨果が素敵なお嫁さんになるのが楽しみだよ……』


 そう言って、いつも料理を作ってくれた父。


 最近は、顔を合わせることもなかった。


 なんて父不幸。


 今こそ、不幸を消す時!


 夢の中とは言え、料理は料理だ。


「レアル、火が絶えないようにね!」


「かしこまりました……女神様」


 女神に捕まったレアルは、かまど番となっていた。


 料理人達は、突如現れた女神キャーオに、ただただ放心。壁際で最敬礼を取るばかりだった。



 この日、大神殿イキテールの人々は、空腹と戦うことになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ