美、そして、醜
「なんでこんなに覚えることがあるのおおおおおおおおおおお!!」
梨果は、心底、嫌そうに叫んだ。
「仕方ありません。最初の儀式では、女神は民衆に威厳を示さなくてはならないのですから」
そう窘めたレアルも、心底疲れ、眠そうな顔をしている。
「ふあああああ」
口をふにふにと開けて欠伸をする梨果。
「ふあああああ」
レアルも手で押さえてはいたが、大欠伸をした。
全ては、大巫女ヒビーコの言葉から始まった。
「このシアトロルには、勿論、魔法があります。しかし女神キャーオ様ほどの善の魔力がある人物は、シアトロル中探しても、いないでしょう」
「え? 私? 嘘!?」
わくわく、どきどき。
私、シアトロルっていう夢の中では、やっぱり魔法を使えるんだ!
「ね、ね、教えて! どうやったら魔法を使えるか! やっぱり呪文とか、あるの?」
梨果はヒビーコの肩をつかんでせがんだ。
「そんなこと、私が存じ上げるはずありません。伝説の魔法の使い方は、女神キャーオ様ご自身だけがご存じです」
「ここが夢みたいな夢じゃない世界だって、なんか、わかってきちゃったもんね……。ひょっとしたら、カッコ良く魔法を使いまくって、偉人賢人になれるかも、なんて、思っちゃってた私、やっぱり考えがニートなのね……」
溜息をつく梨果。
「何かおっしゃいましたか!?」
「いーえ!」
ゴホン、ヒビーコが咳払いをする。
「とにかく、女神キャーオ様には、最初の儀式で、舞台に立って頂きます」
ん?
「女神キャーオ様と言えば、美と感動の女神ですから」
美!?
「え? 私、美人?」
試しに梨果は、モデルっぽいポーズを取ってみた。
「とにかく、儀式の踊りを明日までに覚えて頂けますよね!」
それが、昨日の昼。
今は、森の木々すら眠る深夜。
踊りは百八種類のポーズで構成されていた。
誰が考えたのかはわからないが、へんてこな踊りだなあ。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
音楽もまるで原始人が奏でるメロディーだ。
大神殿イキテールの楽師達は眠そうに打楽器やら弦楽器やらの音を鳴らす。
「さあ、もう一回、女神様!」
命令するヒビーコ。汗だくのレアル。お手本の踊りはレアルが踊っている。
もう百八回踊ったよ。
梨果は眠ろうかと思った。
というか、眠ろうとした。
すると、ヒビーコの羽みたいな扇子が飛んでくるのだ。
扇子は床に突き刺さった。
床は穴ぼこ。
梨果は泣きそうだった。
「早く、現実世界に戻りたいよお!!」
「さ、踊りなさいませ。今のままでは民衆へ威厳を保てません!」
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
朝になった。
気づけば、床で女神は横になっていた。
「ふう」
溜息をつくヒビーコの足元には、横になったレアルもいた。
ヒビーコは底が厚いサンダルで、レアルをつついた。
「誰か、女神様とレアルを寝所へ」
「ははっ」
数人の男と担架が登場し、二人はそれぞれ部屋へ連れて行かれた。
「下級神官に、女神キャーオ様をしっかりお守りするように申しつけなさい」
巫女達が退室した。
ヒビーコも、自室に戻る。
下級神官の緊迫感。大神殿イキテールは静かになった……、はずだった。
ぐおーびーすか、ぐおーびーすか。ぐおーびーすか。ぐおーびーすか。
ぐお。
女神キャーオの部屋から、鼾が聞こえなくなっていた。
何かを感じたヒビーコは、パチリと目を覚ます。
(嫌な予感……。嘘よね、嘘よね、嘘なのよね……)
バターン!
大巫女の扉が、勢いよく開いた。
「女神キャーオ様のお部屋を!!!」
ヒビーコが叫んだ。
下級神官達は、恐れ多くも女神様の部屋に飛び込んだ。
揺れる布。
布は、器用にも破られ、結ばれ、ずっとずっとずっとずっと下まで続いていた。
「まさか!!」
ヒビーコが見た時、御寝台はもぬけの殻。
まさかだった。
ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ。
「こんな所にいるなら、会社でジメジメしている方がまだマシだったよおおおおおお!!!」
涙と鼻水を一杯流しているような声で、梨果は叫ぶ。
まだ朝であるミンテールの町に、女神の水滴……涙と鼻水がポタポタ落ちて行った。