女神様寝る、時々、動く
レアルは緊張して襟首を正した。
無理もない。これから、上級神シアーから捧げられたという、女神に会う。
女神様というと、どんな人なのだろう。
レアルは想像した。
やっぱり、美しくて、優しくて、慈悲深いお方なのかなあ。
神殿の突き当たりの部屋にきて、レアルは上級神シアーと先輩神官エンドルに感謝した。
梨果は寝ていた。
異世界シアトロルにきてから深い眠りについている。
「お起こししてもよろしいでしょうか」
現実世界からの声か。うるさいなあ。
「女神様、失礼致します」
次に梨果が耳にしたのは、つんざくような音。
グワアン! ゴワアン! グワアン! ゴワアン!
ゴロングワン……ゴロングワン……!
静かに梨果の瞼が、若干動いた。
え? ここどこ?
「良かった! 女神様!」
レアルがほっと安心したように息を吐く。手には紐。
紐はずっと長く続き、崖の上の大神殿、イキテールの聖なる鐘に繋がっている。
女神の降臨を、改めて民衆に知らせる為、八つある鐘、全てが鳴った。
当の女神と思しき女は、寝台の上で大あくびをした。そして、また寝ぼけ眼を閉じようとする。
レアルは冷や汗をかいた。
これから、女神様にお伝えしなくてはならないことが沢山あるのに。儀式だってあるのに。
女神が寝てしまう。
務めを果たすことに、レアルは若干の、いや、かなりの不安を抱き始めた。
「あの、女神様」
「はぼ?」
よくわからないまま、答えたのは、髪の毛がぐじゃぐじゃの、まぎれもなく、現実世界でニート、祭野梨果だった。
梨果は首を振った。
そしてまた欠伸をした。今度は梨が丸ごと入るくらい大きいやつだ。
レアルは後退った。
何せ、女神様だ。
やること、なすこと、全てが恐れ多い。
「ははあ!!」
最上級の礼を取り、レアルは頭を床につける。
ぐるぴー。ぐーすか。
レアルは、また冷や汗をかいた。
まずい。神聖なる女神様は、何か御所望だ。
小机の上のベルを鳴らす。片手は床につけたままだ。何せ女神様だ。顔を上げては無礼にあたる。
「ご朝食をお持ちしました」
外から下級神官の声がした。
梨果は「朝食」という言葉に、はっきりと目を覚ました。
ずっと、食べていない。ご飯。
さすがの昼寝好き梨果も、ご飯には負けだ。
で、改めて、思う。
ここ、夢の中?
なら、早く起きないと、ご飯が食べられない。
梨果は唐突に、寝台から立ち上がった。
側の少年がひるんだ気がしたけれど、所詮夢の中の登場人物だ。
レアルは頭の中で、右往左往した。
突然、御寝所から立ち上がった女神様は、なんていうか、聖なる威厳に溢れていた。
今も神殿の柱の向こうからやって来る風に、長くて複雑に編んだ髪を、神々しくなびかせている。
やっぱり、自分じゃ無理です、修行が足りません。
レアルは、ほふく前進で、部屋の扉に向かって歩いた。
夢から覚めるにはどうしたらいいのか。
梨果の答えは決まっていた。
子供の頃、怖い夢を見た時は、決まって、空を飛んだのだ。
すると、不思議と目が覚める。
絶叫マシンはダメでも、空を飛ぶのは平気。
白い柱の向こう、青空が見える。
梨果は空に向かって、歩き出した。
レアルは扉の隙間から、黄金のお盆にのせられた食事を受け取った。
食事を運ぶには、歩くしかない。緊張した面持ちで、レアルは膝を床から離し、お盆を持ち上げた。そして、振り返った。
梨果は、どこから飛ぼうかと、床と空の境をふらふらと歩いていた。
レアルは女神が、崖っぷちにいるのを見た。
見る間に顔が青ざめる。
「女神様!!!」
女神の長い服の裾に、レアルは飛び付いた。
「うわああ!!」
梨果とレアル、両者が一遍に叫んだ。