密かに、動く、白いモノ
遠い昔、世界シアトロルが今よりもさらに平和だった頃。
聖女を名乗る女が現れる。
この女、聖女とは名ばかりで、南の城から暗黒の力を使いシアトロルを征服する。
そこに現れたのが一人の青年。
青年はリーダーとなって、勇敢な民衆と共に城へ出向き、女を退治する。
女がいなくなった城は大聖堂と呼ばれるようになり、青年は上級神シアーとなって天高く上ったのだった。
ぱち、ぱち、ぱち。
手を叩いたのは、女神、兼、梨果と、神官のレアル、家庭教師、兼、学者、兼、スパイのキャラメル。
上級神シアーを演じる青年が高々と剣を持ち上げたが、その頃までには、一人、二人、三人と、客が夢の中へと向かって船を漕いでいた。
寝てしまうのはまだ良い方で、いなくなる客の方が多かった。
梨果はそれなりに舞台のお話しを楽しんだので、なぜ客がいなくなるのかわからない。
「皆、飽きてしまったんです。子供の頃から繰り返し聞かされる話ですから」
キャラメルが解説した。
拍手の後、一座、ドンデガエルシの長が出てきて挨拶をする。
「今日は、ありがとうございました」
一座の長はお辞儀をし、顔を上げた。
ぴゅるるるるー。
砂混じりの風が吹く客席には、女神と、神官の少年と、美形青年しかいなかった。
たった三人。そう。たった……。
女神か……たった女神……。
「女神様あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
元気のなかった長が飛び跳ねて梨果の手を取った。
ミンテールの町にある貧しい小屋……いや、家に、梨果はもてなされた。
「我らは女神様を信仰する気持が足りなかったのでしょう。どの劇場からも見放され、ああして青空劇場で舞台公演を行っているのでございます」
かつては名誉ある劇場の一座だったのに……何て気の毒な。
梨果は同情した。……全てはお前のせいだ。
「女神様! どうか、我らに、女神のご加護を!!」
梨果は困った。
私にできることは……。
!
そう、私は女神キャーオになることを決めた。
女神としての責任は引き受けなくちゃならない。
そ。それこそ女神ってものよね。
何だか嫌な予感。
「よーし! 私に任せなさい!!」
オオオオオオオオオオオオー!!!!!!!
周りは拍手喝采。
「め、女神様……」
大丈夫なの? という顔をするレアル。
「何とかなるわよー。だって、私、女神なんでしょう?」
気楽に答える女神を見て、レアルはますます不安になった。
後ろの方では、こっそり。
「良かったな。現在の権力者を称える舞台をやっていた甲斐があったぜ」
「神官どころか、女神を捕まえた」
一座も、一枚岩ではないようだ。
キャラメルはクスリと笑った。
「お願いします! 私、女神なんです!」
梨果の「何とかなる」方法とは、劇場主に直訴することだった。
「はあ? 女神だあ!? フザケンナ!!」
劇場主の扉は、梨果の目の前で閉ざされた。
「あれえ? 何で?」
「それも仕方ありません。女神が劇場にお願いにくることなんてありませんから」
レアルは呆れたような溜息をついた。
キャラメルは楽しそうに微笑んだままだ。
「きっと、儀式の時とお顔が違うからわからないのでしょう。流石はキャーオ様」
「えへ」
褒め称える長と、すぐ調子に乗る梨果。
「よし! 次だ次―!」
果敢に直訴を続けようとする二人を、レアルが止めた。
「このままじゃきっと、駄目です。断られ続けます」
腕を組み、悩んだ様子のレアル。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「今、考えているんです」
レアルは悩む。
「レアル殿も大変ですな」
笑顔でそう言ったキャラメルを、レアルは睨んだ。
こっちは真剣なんだ。
お前なんか、女神様に、ただ優しくしていれば気に入られるんだからなあ。
まったく、お気楽者だぜ。
心の中で、レアルは毒舌を言う。
「では、どうでしょう。女神ならば女神らしく、振る舞うと言うのは」
キャラメルの提案に、皆が頷く。
レアルは苦々しい気持ちで、頷いていた。
ドートカ劇場の支配人が扉を開けたのは夜だった。誰もいないはずの劇場に、白い布のようなものが現れ、揺れて、消えた気がした。
ぞくぞくぞく。
思わず支配人の背中に震えが走った。
これは、伝説のユーレーじゃ、ないだろうか。
支配人は首を思い切り振って、否定した。そんなはずはない。子供だまし。自分は、騙されるものか。
「おい! 誰かいるのか!」
今夜は皆帰ったはずだ。そうだ。誰かいるものか。
自分もそろそろ帰ろう。支配人が部屋に戻ろうとした時。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
なんだか、地響きのような音がする。それは、実はレアルの足音なんだけれどね……。
「うおらうおらうおらうおらうおらうおらうおらああああああああ!!」
不気味な低い怒声も聞こえる。それも複数。
一座の皆さんのかけ声でした。
支配人は急ぎ足になる。
ツルン。
何かで滑った。
床には白い布……。その下には皆でばらまいた、伝説の果物、バナナーナの皮。
「うわああああああああああ!」
思わず声が上がる。走ろうとしたら、今度は正面が光った。
「こんにちは」
血みどろの少年がいた。
「うわああああああああああああああ!!!」
支配人は、走り、ずっこけた。
「なぜ急ぐのか」
今度は女の声。
「ヒイッッ!」
向こうに、さっきの白い布がある。人の高さくらいは長さがある布。
その布は中に何かがあるかのように立っていた。
やはり誰かのイタズラか、と思うと、布の中から、光と共に女が現れた。
「私は、女神キャーオ」
「ヒイイイイイイイイイイイイ!」
ユーレーと思ったら、女神!?
支配人は急いで顔を床に近づける。
「お前は、一座、ドンデガエルシをなぜ舞台に上げない」
「そ、それは、女神キャーオ様に対する不敬罪で……」
「女神を敬い奉る者達を無視するお前こそ不敬罪である。すぐに一座、ドンデガエルシを舞台に上げよ!」
「うらめしやー」
見ると、後ろから血みどろの少年が近づいてくる。
「ははーっ!」
支配人は逃げるように劇場出口へと転びながら走って行った。
「良くやったなあ」
皆が、影から出てくる。
松明の火も点いている。
「まったく、特にレアル殿が素晴らしい」
レアルは血糊を頭から被って憮然としていた。
「俺達だって、頑張ったぞ」
松明と黒い布を持った男達が言う。
「やっぱり一番は女神様だけどな」
梨果は舞台中央に立ったままだ。
「あの、これで良かったの?」
「勿論ですよ」
黒い布を被った、カンペ係のキャラメルが笑う。
あの長台詞はカンペを見ていたのね……。
「皆がんばったよな」
お互いが、お互いを褒め合う。
白い布は皆の魔法の力を集めてすごいスピードで動かしたのだ。
「今頃は長の家へ、支配人が向かっているんじゃないかなあ」
「あ!」
レアルが叫ぶ。
「女神様―!!! 帰らないとおー!!!」
レアルは涙目だ。
「そうだね、帰ろう」
と梨果。
「またねー!!」
梨果の元気な声と共に、大神殿三人組は帰路につく。
「そういえば、白い布だけどさ、あんなに速く物を飛ばせる力、俺達にあったっけかな?」
一座の皆さんは少し考えて、
「女神キャーオ様がいるからなあ! ハハハハハハ!」
と落ち着いた。
キャラメルが微笑んだ。
白い布を飛ばした人物、それは、キャラメルでは無い。勿論、女神でもない。
(遠方から素晴らしいお力でした、オウーラ様)
大神殿イキテールの表口。
女神と、レアルと、キャラメルを待つ大巫女が立っていた。
「女神様に対する不敬罪!!」
レアルとキャラメルは捕縛された。
「ごめんね、二人共! 私、解放されるまで料理を作るから!!」
梨果の言葉に、レアルとキャラメルは青ざめた。




