沸き上がる、民衆の、声
大巫女ヒビーコは一心に円形の神聖劇場カミイル、その舞台を見つめた。
女神キャーオが中々出てこない。
自分の予言は、外れていたのか?
ヒビーコは自分に問いかける。
光のある方へ、梨果は歩いた。
青空が見える。天気は雲一つ無い快晴。
小鳥なんかも、一斉に飛び上がる。
梨果は小鳥の群れを見て、ただ帰ることだけ考えていた。
しかし。
あ、鼻ムズムズする。
一匹の羽虫が、梨果の鼻をくすぐった。
くすぐったい。
「ふふふふふふふっ」
梨果は笑った。
それで緊張が吹き飛んだ。
せっかくレアルと練習したんだもの、ちゃんと踊らなくちゃ。
梨果は心の中でレアルの姿を思い浮かべる。
羽虫もどこかへ行った。
さあ、始まる。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
お馴染みの音楽が、まるで大地の地響きのように聞こえる。
舞台の中央に進み出る梨果。
さあ、レアル。一緒に踊りましょう。
梨果は練習を思い出した。けれど、それは練習以上だった。
第一の踊り。レアル、嘆きのポーズ。
蹲って、手を四方へ振り回す。
第二の踊り。レアル、あら、肩に止まっていた小鳥はどこに行ったのかしらのポーズ。
小鳥を探すように、立ち上がり、くるくる回る。
第三の踊り……。
「ヒビーコ殿」
大神官フアウザが小声で話しかける。
大巫女ヒビーコは軽く頷く。
そう。悪くない。
でも、ここから。どこまで体をこの神聖劇場カミイルに飲み込まれず、合わせられるか。
そう。上級神シアーは、見ている。
第八の踊り。レアル、動物を追いかけながら踊り狂う。
梨果はレアルの獣のように素早い動きを思い出した。
「あれは……」
神官席から囁き越えが上がる。
「レアル殿の、小走り!!」
一瞬、レアルが見えるかと思った。
しかし実際には梨果が踊っている。
梨果の体は、少年のように美しかった。
神官達は梨果の小走りのような踊りに見とれた。
第三十の踊り。レアル、盆踊りで手を振り過ぎる。
ちょっとお茶目な素振りに、観衆から笑いが起きる。
梨果は盆踊りのまま飛び跳ね、転がり、くるくると回った。
キャラメルはじっと梨果の踊りを見ていた。
動きが荒いのに、光っている。
民衆が、心動かしている。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
それは、沸き上がる地面からの声。
土や虫や動物の地響き、人の心の中の声。
キャラメルは踊りに、目を奪われた。
梨果はレアルの後について踊っている感覚だった。
ぐるりと囲む観客などには、自由を奪われない。
肩の力が自然に抜けて、人々の視線が、自分に力を与えてくれる。
こんなことって、初めてだ。
思わず、クスリと笑った。
風よ、吹け、羽虫よ、鳥よ、導くのは私だ。
太陽の光、青い空までも自分の体に吸い込んで。
梨果は、今、神聖劇場カミイルと、観客と、自然と、一体になった。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
第百八の踊り。それはまるでゴリラ。
自然の雄々しさを、踊りは、美しく表現した。
梨果は、立ち止まる。
しん、と静かなままだ。
今、皆が静寂を共感している。
そして。
「うわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!」
大歓声が、音楽の代わりに音を奏でた。
「いい。うん。いい」
大神官フアウザは涙を一筋流しながら、拍手を送る。
神官長エンドルは、舞台をぼうっと眺めたまま。
大巫女ヒビーコは威厳を保とうとしながらも、沸き上がる感動を抑えられず、後ろを向いた。
皆の声で、ハッと、梨果は気づく。
あれれ、私、どうしてたんだっけ?
えーと、レアルと別れて、舞台に出て、虫がくすぐったくて……。
「は!!」
思わず梨果は声を上げる。
わ! ここ舞台だ!
皆、拍手している?
梨果は申し訳なくてお辞儀をした。
「女神様が……、あの女神キャーオ様が……お辞儀をしている!」
誰彼なしに叫ぶ。
一同、感極まって、お辞儀をした。最敬礼だった。
「長……」
一座、ドンデガエルシの長は、膝を床につけた。
「わかるだろ、お前達だって……俺は、俺は……か、か、か、か……かんどー……」
一座の長は蹲って泣き出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
周りの者も、長に続く。
「うわあああああああああああああああああ、め、め、女神様!!!」
「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」
「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」
「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」
「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」
「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」
声が突風のように駆け抜けた。
梨果は周りの者が最敬礼するのを、不思議そうに見ていた。
ゴウン。ゴウン。
儀式を再開する合図の音。
梨果は紙を読み上げてくれたレアルの支持通り、中央の階段にある道を、ゆっくりと登って行った。
最上段には白い布をかけた、白いテーブルが用意されている。
女神キャーオは、汚れに満ちた世界、シアトロルの食べ物を食し、体内で浄化する。
するとシアトロルもより清らかになると信じられているのだ。
階段を登り切った後、梨果は息切れしていた。
沢山動いた後に階段を登る。
汗も滝のように落ちるもの。
なるべく笑顔で……レアルに言われたことを思い出し、疲れた気持ちを吹き飛ばして、最上階へ。
梨果はテーブルの白いフォークを空にかざした。
歓声が上がる。
梨果はテーブルの上を見た。
白い皿の上に、名の無い果物のソテソテー……虹色の果物の料理がある。
何これ、美味しそう!
梨果は席に着き、フォークを振り下ろした。
そっと、キャラメルが笑った。
憂いを帯びた、微笑みだった。




